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ワイが訳した三国志演義をみんなで見るスレ2

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1 :名無しさん@おーぷん:18/08/04(土)21:29:51 ID:bRK
上がらなかったので別スレ立てた今日は第二回やります実験的に今日は投稿のペースを遅くして批評つけてみます嫌だったら元に戻すので遠慮なく言ってくださいちな第一回http://hayabusa.open2ch.net/test/read.cgi/livejupiter/1532780652/l50
63:名無しさん@おーぷん:18/08/04(土)22:16:52 ID:zYF
>>60炎帝則ち農神氏やなあとは祝融の方角でもある関連性はしらん
64:名無しさん@おーぷん:18/08/04(土)22:17:34 ID:zYF
神農氏や
65:名無しさん@おーぷん:18/08/04(土)22:18:55 ID:bRK
ちな玄徳さん末裔じゃないって言われてるけど貴族の仲間から外されたのは酌金律のせいこれ武帝時代の諸侯取り潰し制度で徳川時代のお家取り潰し(詳しくは知らん)と同じいちゃもんつけてとにかく潰しとけって感じで百家くらい一気に潰されたこともある
66:名無しさん@おーぷん:18/08/04(土)22:20:13 ID:bRK
>>62確かに実は見えないところで戦ってた説後に引けなくなって盛っちゃった説のどっちかやろ>>63関連調べてみたら面白そうやな
67:名無しさん@おーぷん:18/08/04(土)22:20:13 ID:1Ui
>>65ご一門なんて養うのに金はかかる、反乱は起こすとろくなことがないからな(後の司馬さんを見ながら)
68:名無しさん@おーぷん:18/08/04(土)22:20:23 ID:bRK
◆さて、張飛は憂悶しながら酒を数杯飲んだ後、馬に乗って駅舎の前を過ぎたところ、五・六十人の老人が、門の前で泣いているのが見えました。張飛がそのわけを問うと、老人たちは答えました。「督郵が県吏に迫って劉公を害そうとしているので、我らは皆、諌めに参りました。ですが、入れてもらえず、かえって門番に打たれたのです!」張飛は大いに怒り、環眼を怒らせ、歯ぎしりし、鞍から落ちるように下馬し、真っ直ぐと駅舎の中に入りました。門番はそれを阻めませんでした。真っ直ぐと後堂まで行くと、督郵が広間に座っており、県吏が縛られて地面に倒されておりました。張飛は大喝しました。「民を害す賊め!私を知っているか?」督郵が言葉を返さぬうちに、張飛は早くも彼の髪を引っ張って駅舎から引きずり出し、真っ直ぐと県の前の馬を繋ぐ杭の前まで行くと、杭に縛り付け、折った柳で督郵の両腿を力いっぱい打ち、続けざまに十数本の柳の枝を折ってしまいました。
69:名無しさん@おーぷん:18/08/04(土)22:21:24 ID:23d
劉備がやったことをナチュラルに張飛がやったことにしていくスタイルいかんでしょ
70:名無しさん@おーぷん:18/08/04(土)22:21:50 ID:zYF
>>69言うても神改変やとおもうんやが
71:名無しさん@おーぷん:18/08/04(土)22:22:09 ID:bRK
>>67武帝の制度に倣う暇なく速攻で外戚、王族のコンボやからしゃーない
72:名無しさん@おーぷん:18/08/04(土)22:22:11 ID:1Ui
>>68阻めなかったのか阻まなかったのかどのみちガチギレした絵にかかれるような張飛が見たら逃げるわな>>69のちに劉備も手柄を孔明に取られるからセーフ
73:名無しさん@おーぷん:18/08/04(土)22:23:57 ID:bRK
>>69イメージが違うからしゃーない漢の時代の遊侠はある意味ステータスやけどそれがずっと通じるわけでもないし
74:名無しさん@おーぷん:18/08/04(土)22:24:09 ID:bRK
◆すると、側から関公が出て来て言いました。「兄上は多くの大功を立てられたのに、県尉にしかなれず、今はかえって督郵に侮辱されております。私が思うに、棘だらけの草むらの中は、鸞鳳の棲む場所ではありません。督郵は殺さずにおき、官を棄てて郷里に帰り、別に遠大なる計を図りましょう」玄徳はこうして印綬を取り出し、督郵の首に掛けると、彼を責めました。「お前のように民を害する者は、本来殺すべきだが、今はお前の命を残しておいてやる。私は印綬を返し、ここから去る!」督郵が帰って定州太守にこのことを告げると、太守は省府に上申し、人を逮捕に向かわせました。そこで玄徳・関・張の三人は代州に行って劉恢を頼りました。劉恢は玄徳が漢室の宗族だと知ると、家に匿いましたが、その事は話さないでおきます。
75:名無しさん@おーぷん:18/08/04(土)22:25:54 ID:bRK
>>72百万の軍ですら逃げる張飛を止められる者なんておらんやろ最悪ビビり死んだやつおるぞ
76:名無しさん@おーぷん:18/08/04(土)22:26:31 ID:zYF
>>75夏侯傑やっけ?落馬しただけやと思うんやが
77:名無しさん@おーぷん:18/08/04(土)22:27:40 ID:1Ui
>>75おんj民なら脱糞不可避
78:名無しさん@おーぷん:18/08/04(土)22:28:31 ID:23d
>>75橋落とした後で対岸からギャーギャー言ってたらしいぞあれ
79:名無しさん@おーぷん:18/08/04(土)22:28:50 ID:bRK
>>76民間伝承の方の話やちな演義やと夏侯覇が出る版本と夏侯傑の出る版本があるけどワイが訳した毛本は夏侯傑やで
80:名無しさん@おーぷん:18/08/04(土)22:29:06 ID:bRK
◆さて、十常侍は大権を握っており、さらに互いに相談して、自分達に従わぬ者を誅殺しておりました。趙忠・張譲は人をやって黄巾を破った将士に金や絹を要求し、それに従わない者を罷免するよう上奏しました。皇甫嵩・朱儁は賄賂を渡さなかったので、趙忠らは全員で彼らの官職を罷免するよう上奏しました。霊帝は趙忠らを車騎将軍に封じ、張譲ら十三人を皆列侯に封じました。朝政はますます壊れ、人民は嗟怨しました。そのため、長沙の賊の区星は反乱を起こし、漁陽の張挙・張純も背きました。張挙は天子と称し、張純は大将軍と称しました。上表文はひっきりなしに急を告げましたが、十常侍が全て隠蔽して上奏させませんでした。
81:名無しさん@おーぷん:18/08/04(土)22:30:06 ID:zYF
>>79ちな死んだのは誰や?夏侯傑か?
82:名無しさん@おーぷん:18/08/04(土)22:30:43 ID:1Ui
>>80蒼天航路やとこの辺で熊の生け作り食ってたころかな
83:名無しさん@おーぷん:18/08/04(土)22:31:18 ID:bRK
>>76百万のおんj民を率いた曹操対vs張飛世紀の名勝負>>78それは吉川先生のオリジナル設定やな>>81夏侯覇何故かこっちの名前なんだよね
84:名無しさん@おーぷん:18/08/04(土)22:31:18 ID:zYF
やっぱり蓋勲って神だわ
85:名無しさん@おーぷん:18/08/04(土)22:33:16 ID:bRK
◆兵士が劉陶を囲みながら引き出し、刑を執行しようとすると、ある大臣が叱ってそれを止めました。「手を下すな。私が諌めに行くのを待て」人々がその者を見てみると、彼こそ司徒こそ陳耽でした。真っ直ぐと宮中に入り、霊帝を諌めました。「劉諌議はどのような罪で誅殺されるのですか?」霊帝は言いました。「朕の近侍を謗り、朕を冒涜した」陳耽は言いました。「天下の人民は誰もが十常侍の肉を食らわんとしておりますが、陛下だけが彼らを父母のごとく敬愛し、その身に寸功がなくとも、皆列侯に封じました。ましてや封諝らは黄巾と結び、内乱を起こそうとしたのですぞ。今、陛下が反省なさらなければ、社稷はたちどころに崩壊いたしましょう!」霊帝は言いました。「封諝が反乱を起こしたかは、はっきりとしていない。それに十常侍の中に一人や二人くらい忠臣がいてもおかしくなかろう?」陳耽は頭を階にぶつけながら諌めました。霊帝は怒り、引き出して劉陶と共に牢獄に入れるよう命じました。この夜、十常侍はすぐさま獄中で彼らを謀殺し、さらに帝の詔と偽って孫堅を長沙太守に任じ、区星を討伐するよう命じました。
86:名無しさん@おーぷん:18/08/04(土)22:33:40 ID:zYF
>>83正史でも演義でも張飛は橋を落としてから大喝しとったきがする
87:名無しさん@おーぷん:18/08/04(土)22:35:51 ID:bRK
もう一つ張飛の小話張飛の大喝で橋が粉々になったっていう設定の本もある確か三国志平話>>86なぜか(夏侯覇を)橋(から)落とした後で(夏侯覇が)対岸からギャーギャー言ってたと勘違いした正史やと橋を落としてからやね
88:名無しさん@おーぷん:18/08/04(土)22:36:38 ID:zYF
>>87流石平話やな荒唐無稽で好き
89:名無しさん@おーぷん:18/08/04(土)22:36:45 ID:1Ui
>>86やっぱレスバするには安全を確保してからやな
90:名無しさん@おーぷん:18/08/04(土)22:37:03 ID:bRK
◆五十日も経たないうちに、江夏は平定されたとの勝報が報せられたので、詔を下して孫堅を烏程侯にしました。また劉虞を幽州牧に封じ、兵を率いて漁陽の張挙、張純を討伐するよう命じました。この時、代州の劉恢が書を送って玄徳を劉虞に推薦しました。劉虞は大いに喜び、玄徳を都尉に任じ、兵を引き連れさせてただちに賊を討伐しに行かせたところ、賊と数日間大いに戦って、敵の鋭気を挫きました。張純は凶暴さしかない男だったので、兵士は心変わりしました。帳下の頭目は張純を刺し殺し、衆を率いて投降しに来て、彼の首を献上しました。張挙も敗北を悟ると、自ら首を括って死にました。漁陽はことごとく平定されました。劉虞が劉備の大功を上奏すると、朝廷は督郵を鞭打った罪を許し、下密の丞に任じ、後に高堂の尉に昇進させました。公孫瓚もまた玄徳の以前の功を上奏したので、別部司馬に封じられ、平原県の令に昇進しました。玄徳は平原でいささかの金銭や兵糧、兵馬を手に入れ、昔日の勢いを取り戻しました。劉虞は賊を平らげた功により、太尉に封じられました。
91:名無しさん@おーぷん:18/08/04(土)22:38:04 ID:bRK
>>88ワイは嫌いというかついて行けなかったわ五十万の兵を三千騎でフルボッコだぞ>>89禰衡「一理ない」虞翻「一理ない」
92:名無しさん@おーぷん:18/08/04(土)22:39:29 ID:1Ui
>>91禰衡とかいう終身名誉おんj民兼太鼓の達人虞翻は主君にウコンの力をすすめてどうぞ
93:名無しさん@おーぷん:18/08/04(土)22:39:44 ID:zYF
禰衡とかいう腐れ儒者すき孔融か楊脩しか有能はおらんとか嘯いてるけど狙ってんのかお前www
94:名無しさん@おーぷん:18/08/04(土)22:40:56 ID:bRK
>>92>>93煽りまくるくせに頭のいい切り替えしができる無敵の存在なお
95:名無しさん@おーぷん:18/08/04(土)22:41:05 ID:bRK
◆中平六年の夏四月、霊帝は危篤となったので、大将軍の何進を宮中に召し入れ、後事を相談しました。この何進は屠殺業の出身ですが、妹が宮中に入って貴人となり、皇子の劉弁を産み、皇后に立てられたため、大権を得て重任を担っていたのでした。霊帝がまた王美人を寵愛し、皇子の劉協を産むと、何后は嫉妬し、鴆毒で王美人を殺しました。そのため、皇子の劉協は董太后の宮中で養われました。董太后は霊帝の母で、解涜亭侯劉萇の妻でした。当初、桓帝には子がなかったため、解涜亭侯の子が擁立されましたが、その子がすなわち霊帝です。霊帝は皇統を継ぎ、養母を宮中に迎え、尊んで太后としました。董太后はかつて霊帝に皇子の劉協を太子に立てるよう勧めました。霊帝もまた劉協を偏愛していたので、彼を立てようとしておりました。この時危篤になると、中常侍の蹇碩が上奏しました。「協を立てたいのでしたら、先に何進を誅し、後患を絶つ必要がございます」霊帝はその話の通りだと思い、何進に宮中に入るよう命を下しました。
96:名無しさん@おーぷん:18/08/04(土)22:41:28 ID:23d
>>913000で100万を破った劉秀とかいるからセーフ
97:名無しさん@おーぷん:18/08/04(土)22:42:12 ID:zYF
ワイも鴆を一目見たかったンゴ
98:名無しさん@おーぷん:18/08/04(土)22:42:33 ID:1Ui
>>95始皇帝のかーちゃんの墓で絶滅したテナガザルの死体見つかってたけど鴆もどっかでみつかんねえかなぁ
99:名無しさん@おーぷん:18/08/04(土)22:43:45 ID:zYF
>>98毒鳥やし墓に入ってるとは考えにくいわね
100:名無しさん@おーぷん:18/08/04(土)22:43:50 ID:bRK
>>96昆陽の時は総兵力100万でも局地戦やと10万やぞさらに突撃した時にはもっと減ってるただ凄いことには変わりないカルト以外の欠点ないなろう主人公みたいな存在やな
101:名無しさん@おーぷん:18/08/04(土)22:44:20 ID:zYF
光武帝さん凄すぎて非実在説もある模様
102:名無しさん@おーぷん:18/08/04(土)22:44:41 ID:1Ui
>>99よっぽど恨まれてたか、そういう役職の人ならワンチャン・・・
103:名無しさん@おーぷん:18/08/04(土)22:45:15 ID:bRK
鴆は実在したみたいな話半年前の時にあったわかわいい鳥だった気がする
104:名無しさん@おーぷん:18/08/04(土)22:45:25 ID:bRK
◆何進が宮門までやって来ると、司馬潘は彼に対して密かに言いました。「宮中に入ってはなりません。蹇碩が公を殺そうと謀っております」何進は大いに驚き、急いで自宅に帰り、諸大臣を召し出して、宦官をことごとく誅殺しようとしました。座の中のある人が率先して言いました。「宦官の勢力は沖帝の時代に強まり、質帝の時代になると、朝廷に蔓延って極めて多くなりました。これでは全員を誅殺することなど出来ないでしょう。もし事が機密にならねば、族滅の禍を受けるに決まっているので、どうか慎重になさってください」何進がその人を見てみると、彼こそ典軍校尉の曹操だったので、何進は叱りました。「お前のような若輩者に、どうして朝廷の大事がわかろうか!」まさに逡巡していると、司馬潘が密かにやって来て言いました。「帝はすでに崩御されました。今、蹇碩は十常侍と共謀し、喪を公表せず、詔と偽って何国舅を宮中に召し入れ、後患を絶ってから、皇子協を帝に立てようとしております」
105:名無しさん@おーぷん:18/08/04(土)22:45:38 ID:zYF
>>102晋代には鴆を江南から出すなっていう法令まで出たから厳しいやろなぁ
106:名無しさん@おーぷん:18/08/04(土)22:46:38 ID:23d
この辺は史実と演義で大分違うんやなてか曹操ェ…
107:名無しさん@おーぷん:18/08/04(土)22:47:01 ID:zYF
司馬潘って誰やろ
108:名無しさん@おーぷん:18/08/04(土)22:47:19 ID:1Ui
>>103ピトフーイかな? 見た目はかわいいでそういやコイツも羽根に毒あったなぁ>>105ピトフーイも発見はニューギニアやし、当時あったかいとかだといたんかなぁ
109:名無しさん@おーぷん:18/08/04(土)22:49:45 ID:bRK
>>101さすがに実在しなかったはないけど盛ってる可能性はあるな>>106校尉なんて大将軍からしたらペーペーよ>>107後漢書にある名前をそのまま持って来ただけの可能性別に晋の司馬氏に連なるような人やない
110:名無しさん@おーぷん:18/08/04(土)22:50:15 ID:bRK
◆その話が終わらぬうちに、使者が到着し、何進に速やかに宮中に入って後事を定めるよう言いました。曹操は言いました。「まず行うべき計は、先に君位を正し、しかる後に賊を図ることです」そこで、何進は言いました。「私と共に君を正し、賊を討ちに行く者はおらぬか?」すると、ある人が率先して言いました。「精鋭五千をお貸しいただければ、関を斬って中に入り、新君を立て、宦官をことごとく誅殺し、朝廷を払い清め、天下を安んじましょう!」何進がその人を見てみると、彼こそ司徒袁逢の子、袁隗の甥、名は紹、字を本初という人物で、現在の官職は司隸校尉でした。何進は大いに喜び、五千の御林軍を集めました。袁紹は全身に鎧を纏いました。何進は何顒、荀攸、鄭泰ら三十人余りの大臣を引き連れて、順次突入させ、霊帝の柩の前で太子の劉弁を皇帝に即位させました。
111:名無しさん@おーぷん:18/08/04(土)22:51:03 ID:bRK
>>108そうそうそんな横文字やった
112:名無しさん@おーぷん:18/08/04(土)22:51:47 ID:1Ui
>>110五千も集めたのによう気づかれずに突入できたよな
113:名無しさん@おーぷん:18/08/04(土)22:53:45 ID:bRK
ピトフーイの画像調べたらこいつやった>>112宦官は兵権ないし本来守るべき御林(禁軍)が何進についたわけだからどうどう突入してもそら大丈夫よ
114:名無しさん@おーぷん:18/08/04(土)22:54:57 ID:bRK
◆百官の万歳が終わると、袁紹は宮中に入って蹇碩を捕らえようとしました。蹇碩は慌てて御苑に逃げ、花の陰に隠れましたが、中常侍の郭勝に殺されました。蹇碩が率いていた禁軍は、全て投降しました。袁紹は何進に言いました。「宦官は徒党を組んでおります。今日、勢いに乗じて全員誅殺しましょう」張譲らは危機が迫っていると知るや、慌てて何后に告げました。「当初、大将軍を害そうと謀ったのは、蹇碩一人だけで、臣たちは干渉しておりません。今、大将軍は袁紹の言葉を聞き、臣らをことごとく誅殺しようとしております。どうか娘娘は我らを憐れんでください!」何太后は言いました。「お前たちは憂えずともよい。私がお前たちを保護しましょう」こうして命を下して何進を宮中に召し入れました。
115:名無しさん@おーぷん:18/08/04(土)22:55:26 ID:zYF
司馬藩って潘隠のことけ?
116:名無しさん@おーぷん:18/08/04(土)22:55:34 ID:bRK
>>114宦官に兵権ないって言ったけど蹇碩が禁軍率いてたなすまんで
117:名無しさん@おーぷん:18/08/04(土)22:56:01 ID:zYF
>>116西園八校尉やっけ
118:名無しさん@おーぷん:18/08/04(土)22:57:45 ID:bRK
>>115ちょっと待ってワイが誤訳してるかもしれんから調べます>>117西園八校尉は誰にも縛られない皇帝直属の部隊や
119:名無しさん@おーぷん:18/08/04(土)22:57:52 ID:1Ui
>>114肉屋の大将、諫言は聞くし慎重派やし有能の部類よな、このご時勢
120:名無しさん@おーぷん:18/08/04(土)22:58:58 ID:23d
>>119史実だとワイ的には無能だと思うで人望はあったけど
121:名無しさん@おーぷん:18/08/04(土)23:00:16 ID:1Ui
>>120治世の能臣になれたのかもしれへんねもっとも治世じゃ単なる肉屋で終わったかもだが
122:名無しさん@おーぷん:18/08/04(土)23:01:24 ID:23d
>>121何皇后が皇帝の嫁になったからついでに何進も出世できたわけやから治世でも変わらんとちゃう?
123:名無しさん@おーぷん:18/08/04(土)23:02:20 ID:zYF
>>121どうせ宦官―外戚の対立構造に巻き込まれて政争に敗れて死ぬ運命よ
124:名無しさん@おーぷん:18/08/04(土)23:03:06 ID:bRK
解決した「司馬潘隠謂進曰」を「司馬潘隠れて進に謂って曰く」に取ってた潘隠という名前の人物がいるなら「司馬の潘隠進に謂って曰く」やなもしかしたらこれ以降も誤訳あるかもしれんからいやだって人はこんなスレみないで正規品買ってやでほんま自分が嫌になるわ
125:名無しさん@おーぷん:18/08/04(土)23:03:18 ID:1Ui
>>122うまくいったら春申君・李園コースかな
126:名無しさん@おーぷん:18/08/04(土)23:03:41 ID:bRK
◆何太后は密かに言いました。「私もあなたも低い身分の出身です。張譲らがおらねば、どうしてこのような富貴を享受出来たでしょうか?今、蹇碩は不仁な行いをしましたが、すでに誅殺されました。それなのに、あなたはどうして他人の言葉を信じ、宦官をことごとく誅殺しようとするのですか?」何進はそれを聞くと、宮中から出て百官に言いました。「蹇碩は私を害そうと謀ったので、彼の家は族滅させる。だが、その他の者に妄りに害を加える必用はない」袁紹は言いました。「草を斬っておきながら、根まで除かねば、必ずや我が身を滅ぼすことになりましょう」何進は言いました。「我が意はすでに決している。お前は多言無用だ」百官は皆、帰りました。
127:名無しさん@おーぷん:18/08/04(土)23:04:05 ID:1Ui
>>124一字千金の学者でも集めん限り誤読は普通やからへーきへーき
128:名無しさん@おーぷん:18/08/04(土)23:04:44 ID:zYF
>>124わざわざサンガツ
129:名無しさん@おーぷん:18/08/04(土)23:05:58 ID:bRK
>>127>>128こっちこそすまんな誤訳はなるべくしないように気をつけたけどおかしいと思うところあったらこれからもどんどん指摘オナシャス
130:名無しさん@おーぷん:18/08/04(土)23:07:10 ID:bRK
◆次の日、何太后は何進を録尚書事に封じ、その他全員もそれぞれ官職に封じました。董太后は張譲らを宮中に呼び入れて相談しました。「何進の妹は、当初、私が推挙しました。今日、彼女の子が皇帝に即位し、内外の官僚は、全員彼女の腹心となり、権威はとても重くなりました。私はどうすればよいのですか?」張譲は上奏しました。「娘娘は朝廷に臨まれ、簾を垂れて政をお聞きになり、皇子の協を王に封じ、国舅の董重に高い官職を加えられ、軍権を掌握され、臣らを重用なされば、大事は図れましょう」董太后は大いに喜びました。次の日、朝廷を設けると、董太后は宣旨を下し、皇子劉協を陳留王に封じ、董重を驃騎将軍に封じ、張譲らに朝政を預けました。
131:名無しさん@おーぷん:18/08/04(土)23:08:39 ID:zYF
にゃんにゃんかわいい
132:名無しさん@おーぷん:18/08/04(土)23:08:39 ID:1Ui
>>130垂簾政治の語源ってこれか? それとももっと古いんか?
133:名無しさん@おーぷん:18/08/04(土)23:10:50 ID:bRK
>>131実は中国語やと娘は母親のことを指したり娘娘は皇帝とか女神のような高貴な女性に対して使うこれ適当な役がなかったんでそのままにした>>132すくなくとも漢初の呂后がいるなそれ以前で女性がってのは知らん
134:名無しさん@おーぷん:18/08/04(土)23:11:21 ID:bRK
◆何太后は董太后が権力を専横するようになると、宮中で宴席を設け、董太后を呼びました。酒宴がたけなわになると、何太后は身を起こして盃を捧げ、再拝しながら言いました。「我らは婦人なので、朝政に参与するのは、よろしくありません。昔、呂后が大きな権力を握ると、千人の宗族は皆殺しにされました。今、我らは宮中の奥深くに住み、朝廷の大事は大臣や元老に任せ、彼らで相談させるのがよろしく、それが国家の幸いでしょう。どうかお聞きくださいませ」すると、董太后は大いに怒って言いました。「お前が鴆毒で王美人を殺したのは、嫉妬心からでしょう。今、お前は自分の子が君になったことを頼みとし、お前の兄の何進の勢いを借りて、乱り言を出すのですか!私が驃騎に勅命を下して、お前の兄の首を斬ることは、掌を反すように簡単なのですよ!」何后も怒って言いました。「私が丁寧な言葉でお勧めしているというのに、反対にお怒りになるのですか?」董后は言いました。「お前の家は屠殺業でしょう。それなのに、どのような見識があるというのですか!」
135:名無しさん@おーぷん:18/08/04(土)23:12:23 ID:1Ui
>>133女性の神仙は○○娘々って言われるなつまりにゃんにゃんするとは道教の修行だった?(左道)
136:名無しさん@おーぷん:18/08/04(土)23:14:46 ID:bRK
>>135にゃんにゃんするは別のところからやけど実は間違ってないでそれ道教には房中術っていう性交から力を得る方法が考えられてたんや三国志やと左慈がその代表やな
137:名無しさん@おーぷん:18/08/04(土)23:15:13 ID:bRK
◆六月、何進は密かに人を遣わして董后を河間の駅舎の庭で毒殺し、柩を都に持ち帰らせ、文陵に埋葬させました。何進はそれから病と称して外出しなくなったので、司隸校尉の袁紹は何進に会いに行って言いました。「張譲・段珪らが外で、公が鴆毒で董后を殺害したとの流言を広め、大事を謀ろうとしております。今、宦官を誅殺しておかねば、後に必ずや大禍となりましょう。昔、竇武は宦官を誅殺しようとしましたが、事が秘密にならず、かえって禍を受けました。しかし、公の兄弟・兵士・将吏は、誰もが英傑なので、力を尽くせば、大事は掌握出来ましょう。これは天の助けなので、失ってはなりません」何進は言いました。「とりあえず相談させてくれ」周りの者がそのことを張譲に密告したので、張譲らは何苗に伝え、さらに多くの賄賂を送りました。何苗は宮中に入って何后に上奏しました。「大将軍は新君を輔佐しておりますが、仁愛を広めず、もっぱら殺伐としたことに努めております。今また、わけもなくまた十常侍を殺そうとしておりますが、これでは乱を起こすやりかたです」何后はその言葉に納得しました。
138:名無しさん@おーぷん:18/08/04(土)23:19:18 ID:bRK
上で何進議論してるの今更ながら加わりたかった外戚やと竇憲や梁冀っていう失敗例もあるが上手くいけば王莽みたいに皇帝になれることもあるし別に衛青みたいな活躍する人もおる何進は王にも衛にもなれないが無能とは違うと思うんやが
139:名無しさん@おーぷん:18/08/04(土)23:19:32 ID:bRK
◆少しすると、何進が宮中に入り、宦官を殺そうとしました。すると、何后は言いました。「宦官が禁中を統べるのは、漢家の昔からの習わしです。先帝が崩御されたばかりだというのに、あなたが旧臣を殺そうとするのは、宗廟を重んじるやり方ではありません」何進は元より決断が出来ない人なので、何太后の言葉を聞くと、そうですその通りですと言って出て行きました。袁紹は出迎えて問いました。「大事はどうなりましたか?」何進は言いました。「太后は承諾されなかった。これからどうすればよかろうか?」袁紹は言いました。「四方の英雄に兵を率いて都に来るよう命じ、宦官をことごとく誅殺させましょう。危急となれば、太后も従わずにはいられないでしょう」何進は言いました。「それは妙計だ!」こうして檄を各鎮に発し、都に召し寄せようとしました。
140:名無しさん@おーぷん:18/08/04(土)23:20:32 ID:1Ui
>>139???「あいつを殺してから上奏すればよかった」
141:名無しさん@おーぷん:18/08/04(土)23:21:18 ID:zYF
この外圧は必要だったのかな?よくわからん
142:名無しさん@おーぷん:18/08/04(土)23:22:03 ID:23d
>>141不要、むしろ大失態やぞ多くの群臣が猛反対してたし
143:名無しさん@おーぷん:18/08/04(土)23:22:09 ID:bRK
>>140それ誰やろか>>141ちょうど言おうと思ってたけどこの手が悪かったとワイは考えてる鶏に牛の刀はいらんやろ
144:名無しさん@おーぷん:18/08/04(土)23:23:19 ID:bRK
◆すると、主簿の陳琳は言いました。「してはなりません!俗に『目を覆って燕雀を捕らえる』と言いますが、これは侮りです。わずかな物ですら侮るべきではないのに、ましてや国家の大事ではどうでしょうか?今、将軍は皇帝の威を頼って兵を掌握しており、龍が昇り虎が駆けるような勢いがあり、何事も思い通りです。宦官を誅したいのなら、それこそ大きな炉に髪の毛をいれるように簡単で、速やかに兵を発し、権力で裁断すれば、天も人も順じることでしょう。もし外の大臣に檄を発し、都に侵略させれば、確かに英雄は集まりますが、各々よからぬことを考え、いわゆる干戈を逆さに持ち、人に柄を授けることとなります。功は成らず、かえって混乱を生じさせるに違いありません」何進は笑いながら言いました。「それは臆病者の見解だ!」
145:名無しさん@おーぷん:18/08/04(土)23:23:56 ID:1Ui
>>143呉楚七国の乱の前日譚で晁錯を排除しようとして先手を撃たれて憤死した申屠嘉さんや
146:名無しさん@おーぷん:18/08/04(土)23:26:16 ID:bRK
>>145うろ覚えだったけどそんな結末迎えてたんか
147:名無しさん@おーぷん:18/08/04(土)23:26:30 ID:bRK
◆その時、側にいた人が掌を叩いて大いに笑いながら言いました。「このことは掌を反すように簡単です。多くを議論する必要などありましょうか!」そこで、その人を見てみると、彼こそ曹操でした。まさにこれは、君の側にいる小人の乱を除きたいならば、朝廷の智者の謀を聞かなければ。曹操はどのようなことを話し出すのでしょうか?まずは次回の説き明かしをお聞きください。
148:名無しさん@おーぷん:18/08/04(土)23:28:49 ID:1Ui
オツカーレ政治の場面は曹操、戦闘は劉備が主役って感じやね
149:名無しさん@おーぷん:18/08/04(土)23:30:13 ID:bRK
おかげ様で今日は前より人が集まりました相変わらず正史スレよりは伸びない(正史スレは予告なしで15人くらいはいく)けどそれは需要の差ってことで今日のこの方法がよかったのかそれとも偶然なのかわからんから次回も同じようにやりますでは来週8/11(土)の21:30から第三回をやるのでよかったら見に来てくださいほな>>148乙これから曹操が軍事政事両方の中心になっていくで劉備軍が活躍するのはもう少し後やな(それでもちょくちょく出てくるが)
150:名無しさん@おーぷん:18/08/04(土)23:30:45 ID:zYF
校尉ってなんだかんが高位の軍官やしね
151:名無しさん@おーぷん:18/08/04(土)23:32:09 ID:1Ui
三国志時代におんjがあったら大正義曹操 劉備wwwwwとかって煽られそう
152:名無しさん@おーぷん:18/08/04(土)23:33:11 ID:bRK
>>150うろ覚えやが確か千石くらいやったかな漢やと太守くらいはあるんだよね>>151禰衡と楊脩が暇を見つけては煽ってそう周瑜と曹真と王朗が三日に一度憤死しそう
153:名無しさん@おーぷん:18/08/04(土)23:34:19 ID:1Ui
>>152カッスというよりドッスだね
154:名無しさん@おーぷん:18/08/04(土)23:34:28 ID:zYF
法正とかめっちゃ粘着しそう
155:名無しさん@おーぷん:18/08/04(土)23:35:13 ID:zYF
曹丕は絶許スレ乱立しそう
156:名無しさん@おーぷん:18/08/04(土)23:36:18 ID:bRK
>>153シュッユレ大正義周瑜、諸葛に煽られまた死亡するとかありそう>>154相手が降参するまでひたすら正論述べまくるんやろうなぁ
157:名無しさん@おーぷん:18/08/04(土)23:36:37 ID:1Ui
あの時代だとケンモメンが質素倹約を実践してるのでほめられるのか・・・
158:名無しさん@おーぷん:18/08/04(土)23:37:09 ID:zYF
>>157石徳林とかか
159:名無しさん@おーぷん:18/08/04(土)23:38:24 ID:bRK
>>155曹丕は自慢しまくって総スカンくらうイメージや>>157とにかく徳の時代やからねその身分に生まれたら文帝と呼ばれる可能性が微レ存?
160:名無しさん@おーぷん:18/08/04(土)23:41:13 ID:zYF
建安七子とか文学スレたてそう国の枠を超えて大激論してほしい
161:名無しさん@おーぷん:18/08/11(土)21:23:41 ID:2KF
テスト
162:名無しさん@おーぷん:18/08/11(土)21:26:39 ID:2KF
http://hayabusa.open2ch.net/test/read.cgi/livejupiter/1533990348/l50上げられなかったのでこっちからお願いします
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