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三大未解決事件「長岡京殺人事件」「トイレの中に死体」

1名無しさん@おーぷん:2017/07/20(木)20:41:40 ID:vOR()
あと一つは?
951名無しさん@おーぷん :2017/09/30(土)04:05:53 ID:p9y
  ウィンスフォードヒル・ジョン・ドウ


英語圏では身元不明の遺体が出た場合、男性遺体ならジョン・ドウ、女性遺体ならジェイン・ドウと呼ぶ

2002年3月13日、イングランドは西岸のサマセット州ウィンスフォード村、2011年現在でも300数十人しか住んでいない小さな村だが
ここで腐敗した男性遺体が見つかった
その遺体はステレオケーブルで縛られており、羽毛布団やベッドシートで包まれゴミ袋に放り込まれていた
死後2~3年は経過しているものと思われ、イギリス国内で殺害されたのか海外から持ち込まれたのかすら分からなかった
遺体の主はペンダントを身につけていたのだが、そこにはコーランの一節が書かれており
恐らくは中近東出身者であろうと見られたからである

遺体が誰であるか全く見当が付かず、同年5月になってBBCテレビの番組「クライムウォッチ」にて
この男性の情報を公開し身元を特定しようとしたのだが、身のある情報は齎されなかった
9月になって警察による復顔術で遺体の顔を再現し、それを公開することによって身元の情報を募った
遺体男性の身長が173cm~175cm、髪の毛が黒または濃い茶色であることもあわせて発表された
しかし、何ら情報が齎されることはなかった

4年もの長い間遺体の身元判明を待っていたのだが、結局それは叶わず2006年9月に彼は埋葬された
今なお彼は「ウィンスフォードヒル・ジョン・ドウ」である以上の何もわかっていない
本名も、どこの国の人物であるかも、死因すらも判明していない
952名無しさん@おーぷん :2017/09/30(土)12:19:15 ID:QV4
割と最近の事件やな
中東の出稼ぎ移民関係か何かかな?
953名無しさん@おーぷん :2017/10/01(日)04:01:46 ID:4sL
  ゼーウェン事件



1976年6月6日、その日は聖霊降臨祭であった
スイスのゾロトゥルン州ゼーウェン付近の、森林保護区域や貸し農園などが点在する週末別荘で
前夜からジークリスト一家が聖霊降臨日を祝っていた
しかし6日になって、一家5人がライフル銃で射殺されているのが発見されたのである
合計で13発発射された銃弾のうち11発は犠牲者の頭部に、残りの2発は胸に叩き込まれていた
犠牲者は以下の5人である
 オイゲン・ジークリスト=ザッキンガー(63) 
 エルサ・ジークリスト=ザッキンガー(62) オイゲンの妻
 アンナ・ウェストハウザー=ジークリスト(80) オイゲンの姉
 エマニュエル・ウェストハウザー(52) アンナの息子(オイゲンの甥)
 マックス・ウェストハウザー(49) アンナの息子(エマニュエルの弟/オイゲンの甥)

警察が現場に駆けつけたとき、4人の遺体が屋内で発見され、もう1人はテラスでカーペットに包まれているのが見つかった
現場の状況から警察は、容疑者がオイゲンとエルサの夫婦のみを殺害しようとしたものの
他に3人いたのが想定だったのか、口封じのために残り3人も殺害されたのではないか、と推理した
この推理が正しければ、アンナ、エマニュエル、マックスの母子3人はとばっちりで殺されたことになり
運が悪いことこの上ないとしか言いようがない
警察は遺体に残されていた銃弾から、ウィンチェスター社製のライフルであることを把握しており
ライフル銃のオーナーを片っ端から当たることにした



ところが、ちーっともその銃の所有者が見つからない
もう精根も望みも尽き果てた1996年秋、というから事件から20年以上も過ぎてしまった頃
ドーザーという名の女性宅の台所の壁の中にライフル銃が隠されているのを発見した
銃の所有者はカール・ドーザー、さきの女性の夫である
銃を調べた結果、イタリア製のウィンチェスター模造銃で、確かにゼーウェンで5人を殺害した銃であるらしかった

持ち主のカールは間もなくスイスのバーゼルで発見された
カールという男はちょっと変わっているというか、世捨人のように人との関わりを避け、妻とも離れて1人で暮らしていた
カールは1973年、合法的に件のライフル銃を取得した
そして、ゼーウェンの事件直後に銃所持者として警察の聴取を受けているが、この時彼は警察に嘘をついている
曰く、フリーマーケットで他人に売りさばいて1976年当時既に手元に銃はない、というのである

どう見ても怪しい、この男が犯人であろうと思える
しかし、警察や検察は起訴に持ち込むことが出来なかった
全く動機がないのである
動機がないどころか、ジークリスト一家とカール・ドーザーの接点も全くない
僅かでも関わり合った記録すら残っていない
なぜフリマで銃を売ったと嘘をついたのか分からないが、所有者がカールであったというだけの話であって
事件で使った人間がカールである証拠が全くない、動機がないから状況証拠すらない
これでは起訴に持ち込むのは不可能である
尤も、スイスではカール・ドーザーによる犯行であると信じて疑わない人が今でも多いという
954名無しさん@おーぷん :2017/10/01(日)04:06:38 ID:4sL
ほかに怪しい人物はいないのだろうか?
ハンス・ブレイザーという男が証言したところでは、ビジネス上での知人アドルフ・”ジョニー”・ジークリスト
ジークリストの名が示すように殺害された一家の親類だが、この男が主犯となりカール・ドーザーを従えて
5人を殺害したのだと主張する
このハンスという男は軍で狙撃兵の任務についていたのだが
マシンガンの扱い方を教えてほしいとジョニー・ジークリストに頼まれた、というのである
使用された弾丸は事件の3週前にジョニーが銃砲店で買った可能性が高いらしいのだが
銃砲店店員の話では、弾薬を購入した男は1箱50発のパッケージを2つほしいと頼んで来たのだそうだ
その時に男は、イタリア製のウィンチェスターライフルに使えるかどうかを尋ねてきたという


ジョニー・ジークリストとはどういった男なのか
彼はときにブチ切れることがあるとされており、ここが重要なのだが、彼の家からは
銃で撃ち抜かれたスチロール製の人間頭部のマネキン(のようなもの)が見つかっている
嫌な話だなあ
そしてジョニーは背が150cm程度しかなく、その話し声は女性のように甲高かったため
そのことで劣等感に苛まれていたらしく、劣等感を拗らせてしまったのが5人殺害の動機だと考えられた
ジークリスト夫妻に「グロビ(子供の絵本のキャラクタ)」とあだ名を付けられからかわれていたという話もあり
子供並に背が低い彼にとって子供絵本のキャラのあだ名は殺害動機と十分になりうる
警察もそう思ったのだろう、かなり早い時点でジョニーの身柄を一時的に確保したのだが
彼は1980年代初頭に死亡している

(詳細が書かれていないのでよくわからないが、ジョニー死亡の時点では
まだジョニーとカール・ドーザーとのつながりは把握できていなかったようだ
ハンス・ブレイザーの証言はのちになされたものであると思われる)


さて、最有力容疑者は早々とこの世から退場し、それを助けたかもしれないライフル銃の所有者は
犠牲者との接点が全くない
そもそもジョニーとカールの間に本当に接点があったのかどうかもわからない
そんな訳で、スイス最大の未解決殺人事件は何とも煮え切らない状態のまま
解決されることなく今日を迎えている


グロビの画像検索
https://www.google.co.jp/search?q=Globi&rlz=1C1AOHY_jaJP708JP708&tbm=isch&tbo=u&source=univ&sa=X&ved=0ahUKEwiSgb3ry83WAhVBsZQKHb-VCygQsAQILg&biw=1270&bih=890
955名無しさん@おーぷん :2017/10/01(日)07:40:57 ID:iFV
>>954
彡(゚)(゚)
956名無しさん@おーぷん :2017/10/01(日)23:51:47 ID:cqZ
はえー
やっぱ間に誰か入れるだけでわからなくなることってあるんやな

これがあだ名とか殺したくなっても仕方ない
957名無しさん@おーぷん :2017/10/02(月)03:00:27 ID:gf2
  クロウフォード一家殺人



オーストラリアのヴィクトリア州にロック・アード・ゴージという入り江がある
メルボルンから西南西に230kmほど行った海岸一帯の「ポートキャンベル国立公園」にある、奇景と言っていい入り江
小さな湾だが周りは切り立った崖になっており、湾の奥まった部分にだけ砂浜が存在する



1970年7月2日午後1時半ごろ、その一番奥まった、切り立った高さ15mほどの崖から砂浜に落ちたかのように
1台の車が置かれているのを国立公園に旅行に来ていた観光客が発見した
場所が場所なので引き上げ作業は難航したが、とりあえず車の持ち主がまもなく判明した
エルマー・クロウフォード、車で3時間ほど離れた場所にあるメルボルン郊外のグレンロイという街に住む電気技師である
捜査官がエルマー宅に向かいドアをノックしたのが午後6時20分ごろ
しかし返事はなかった

夜も更け、引上げ作業が依然手間取っていたが、それまで車内を調べることが出来なかった捜査官やボランティアたちは
この時になって漸く、車のフロントシートのところにライフルと血痕があることに気付いた
これは事件かもしれない、捜査官は再びエルマー宅に急行したが午後10時、やはり誰の返事もない
ドアを蹴って中に入ったがそこはもぬけの殻、しかし何らかの酷い犯罪とそれを消し去ろうとした痕跡が見つかった
廊下には血痕が、そして血塗れになったシーツやマットレスはまだ泡立っていたボトル入り洗剤と一緒にテーブルに置かれていた

一方、車内捜索者らも後部座席のところに防水毛布で包まれた何かに気付いていた
例によって嫌な予感しかしない
果たして、その中からは妊娠中だったテレーズ・クロウフォード(35)、その子供キャサリン(13)、ジェイムズ(8)、カレン(6)
合計4人の遺体が発見された
崖から落ちるだけなら事故の可能性もあっただろうが、毛布に包まれた遺体がでて来たとあっては断じて事故ではない
明らかに事件である
958名無しさん@おーぷん :2017/10/02(月)03:01:04 ID:gf2
検死の結果、妙なことが分かった
テレーズの死因は感電死だったというのである
エルマー宅からは15mほどの電気コードが見つかっている
そして、先にも触れたようにエルマーは電気技師である

そこで、次のような推測が成り立った
エルマーはコンセントから電気コードを引っ張って、寝ている妻テレーズの耳に電気クリップを挟み感電死させた
なお3人の子供はハンマーらしきもので撲殺されている
4人を殺害したあと、エルマーは遺体を車に詰め込み、自宅から200km以上離れたロックアードゴージまで移動
ここでエルマーはマフラーからホースを車内に引きこんだ挙句、崖から車を落として自殺であるかのように見せかけようとしたのだ…

実は事件の2週間ほど前にエルマーとテレーズは家族が死亡した場合の遺言状を作成していたらしい
エルマーが書かせたのかもしれないと考えれば確かに怪しい
しかし、自殺に見せかけようとするのに遺体を毛布で包んだのはおかしくないですかね

一方、目撃証言を集めた結果、エルマーが最後に目撃されたのは7月2日午後5時50分ごろのことであるらしい
その僅か30分後に捜査官がエルマー宅のドアをノックしている
その後発見された洗剤の泡などから、午後6時20分に捜査官がノックをしたとき
エルマーはまだ家の中にいたのではないかと思われる
捜査官が来たことで、エルマーは予想より早く車が見つかってしまったことを悟り
捜査官が引き揚げた隙を狙って自宅から姿を眩ましたのだろう、と考えられた
エルマーは、車が砂浜ではなく海に落ち、発見されない(あるいは発見を遅らせる)のを期待した節がある




どう見ても最重要参考人はエルマー・クロウフォードである
遺書を書かせているので、それが動機らしきものと直結するかもしれない
確かに状況証拠は真っ黒である、しかし直接手を下した証拠がない
とっ捕まえて尋問しなければ全ての謎は解けないのだが、1970年7月2日午後5時50分を最後に
エルマーの姿を見た者はいなかった
報奨金は10万豪ドルにまで跳ね上がったが、情報は全く得られなかった



月日は流れて2010年7月、事件から40年も過ぎた頃であるが、アメリカはFBIから連絡があった
2005年にテキサス州サンアンジェロで見つかった男性遺体がエルマー・クロウフォードの可能性があるというのである
そこで登場DNA検査である
そして2010年8月27日、DNA検査の結果が発表されたが
残念ながらテキサス州の遺体はエルマーのDNAとは一致しなかった

最重要参考人エルマー・クロウフォードはどこへ行ったのか、正確な殺人動機は一体なんだったのか
状況証拠的にほぼ黒とは言え、本当にエルマーが殺ったのかどうかも確定してはいない
そんな訳で、エルマーが捕まらない限り、本件は解決したことにはならないだろう

Loch Ard Gorge 画像検索
https://www.google.co.jp/search?q=Loch+Ard+Gorge&rlz=1C1AOHY_jaJP708JP708&source=lnms&tbm=isch&sa=X&ved=0ahUKEwiun_fe_s_WAhVHwrwKHWTEAY8Q_AUICygC&biw=1270&bih=886
959名無しさん@おーぷん :2017/10/03(火)03:06:56 ID:Avk
微妙にガバな計画ですね…
諦めて自殺してそう
960名無しさん@おーぷん :2017/10/03(火)05:36:12 ID:mNY
  ゲイラン・バルの一家殺人事件


どこの国であっても未解決事件は起こりうる、警察が事件を解決し切れないことはあり得る
今回はシンガポールである

1979年1月6日、シンガポールは国立競技場の北約1km付近のエリアであるゲイラン・バル
午前6時25分のことである
タン・クウェン・チャイとリー・メイ・イン夫婦は自宅を発って仕事に向かった
この夫妻は学校送迎用のバス事業に携わっているので朝が早かったのだ
彼らには4人の子供がいたのだが、タン・コク・ペン(10)、タン・コク・ヒン(8)、タン・コク・スン(6)、タン・チン・ニー(5)
子供4人は両親が家を離れた時点ではぐっすり眠っていた

午前7時10分になって母メイインは4人の子供を起こすため電話を掛けた
しかし電話に出ない、3回電話をかけてもまだ出ない
仕方がないので、彼女はご近所さんに4人の子供を起こしてもらうようお願いをした
ご近所さんはタン一家のドアをノックしたが、やはり返事がない

午前10時になって、クウェンチャイとメイイン夫婦が仕事から帰宅した
彼らが浴室に行くと、そこには殺された4人の子供の遺体が置かれていたのである
子供らの頭には刃物によるらしい斬り傷がいくつもあり、そこに彼らのTシャツやパンツが重ねられていた
長子コクペンの右腕はほとんど千切れかけていて、末子チンニーの顔はズタズタにされていた
4人とも、体全体でそれぞれ20箇所以上の傷が見つかっている

警察は、この事件が予め練られた計画的犯行であると考えた
そして、犯人は極力証拠を残さぬようにしたらしいものとみられた
キッチンのシンクに血痕が残っておりそれを洗い流そうとした跡も確認されたからである
犯人が無理やりタン宅に押し入った形跡はなかった
また、家中を漁りまくった痕跡もなければ何かが盗られたという訳でもなかった
凶器は、斧または肉切り包丁のような大きめの刃物と短剣のような小型の刃物が併用されたらしかったが
それは家の中からは発見されなかった
タン・コクペンは長男ということもあって、小さいながらも勇敢に殺人者を止めようとしたのだろう
千切れかけた右腕の手には犯人のものと思しき一掴みの長い髪の毛が握られていた
まことに痛ましい限りである


警察は殺人動機を確定こそ出来なかったものの、物盗りではないのはわかっているので
恐らくは怨恨による殺人であろう、と目星をつけていた
また当局は、犯人がタン一家の家庭事情について相当詳しかった可能性が高いとみている
たとえば、4人の母リー・メイインが末子タン・チンニー誕生後に避妊手術を行っていたことを知っていたらしい
というのも、子供4人殺害から2週間ほど経って夫妻宛に届いた年賀状で
子供と戯れる描写に加えて「でも、君らはもう子供を作れないよね、ハハハ」という何とも残酷な一文が書かれていたのだ
避妊手術のことを知らなければ書けない文である
最後に「殺人者より」という署名で締めくくられていたこの年賀状は
宛名に夫妻のニックネーム「アーチャイ」「アーエン」と書いていたことからも、かなり親しい人物によるものであることが窺われた

事件から5年後、リー・メイインは再手術をして再び子供を産める体に戻り、その後、子をもうけることが出来たという
しかしながら、4人の子を奪った犯人が誰であるか、今なお特定できていない
年賀状は一体誰が送って来たのか、本当に犯人が送ったものなのか
一切の謎は解かれずに残ったままである
961名無しさん@おーぷん :2017/10/03(火)14:37:57 ID:Avk
親しい人間が怪しすぎる事件やな
でも怪しいのは誰も出てこなかったんやな
962名無しさん@おーぷん :2017/10/04(水)06:05:34 ID:vDB
  トルソ・イン・ザ・テムズ



またまたテムズ川のトルソである
1880年前後にまるで遺体捨て場のような有様だったテムズ川だったが
時代を経て件数こそ減ったものの、やはり捨てるに都合のいい場所だったのだろう
忘れた頃に事件は起きる


2001年9月21日というからもう21世紀、そしてつい10日前にはあのアメリカ同時多発テロで
当地イギリスでも強い衝撃からまださめ切っていなかった
タワーブリッジに近いテムズ川であるのでロンドンの中心部といっていいだろう
そこで、ジャックの時代とは違い売春婦ではなかったものの、幼い黒人少年のトルソ状の遺体が見つかった
その遺体は手足と首から上がないまさしく胴体そのもので、年齢は4~7才と推定された
そして、足がない状態の下半身は、少年であるのに少女もののショーツを身に着けていた

警察によって「アダム」の仮に名付けられたその遺体は検死解剖に回された
その結果、アダムは毒を盛られたらしいこと、喉には血を滴らせるための斬り傷があったこと
手足と頭部はかなり高度な技術で切り取られていることが判明した
さらに、胃の内容物と骨のミネラル分を精査したところ、アダムはほんの数日前にイギリスに来たばかりで
その後イギリスで殺害されたらしいこともわかった
恐らくはナイジェリアのベニンシティからやって来たものとみられたが、このベニンシティはブードゥー発祥の地に程近い

これらの検死結果から警察が導き出した推理はこうだ
アダムは呪術の生贄としてナイジェリアから連れて来られた
アダムの手足と頭部は呪術の薬を作るために切り取られたのだろう、と
ブードゥーの故国に近いからとか、そもそもブードゥーだからとか偏見があるような気もするのだが
警察の推測通りなら>>949のセガメツィ殺人事件と似たような流れを感じる



警察はイギリスだけでなくヨーロッパ全体に、この特徴に合致した少年の失踪がなかったかデータベースを隈なく当たったが
該当者は見つからなかった
また、警察は一般への聞き込みを行い捜査の手掛かりになるような証言を得ようとしたのだが
何しろアメリカ同時多発テロの直後ということで、大衆の注目がテロの方に向いてしまい
遺体発見当初、暫くの間は世間一般に十分に認知されたとはいえなかったのだ
2002年になってテロの話が落ち着いてくると、イギリス国内に漸く「アダム」事件の周知が進み、懸賞金などが出るようにもなった
しかし、アダムの故国と推定されるナイジェリアでは、まだ十分にこの事件の概要が知れていなかった

捜査に手詰まり感を覚えたロンドン警察は、驚く手に打って出る
2002年、南アフリカのあのネルソン・マンデラ氏に、大衆に向けてアダムに関する情報の提供を呼びかけるよう依頼したのである
マンデラ氏はアフリカ全土に極めて大きな影響力を持っており、全アフリカに向けて3ヶ国語で呼びかけの放送を行った
2003年にはロンドン警察がナイジェリアに飛んでアダムの両親を探すキャンペーンを張った
ナイジェリアの小学校を隙なく回り行方不明の子供の情報を収集したが
アダムに該当する、または特徴に合致する行方不明者は見つけられなかった
963名無しさん@おーぷん :2017/10/04(水)06:11:16 ID:vDB
2011年3月29日、テレビ局クルーの執念である情報をつかんだ
胴体の主は6歳の「イクポンウォサ」という名の少年で、彼の世話をしていた女性をドイツで見つけることができた、というものだった
世話をしていたのが両親でなかったのは、彼の両親はナイジェリアに強制送還されたのだという
その女性はジョイス・オシアゲーデなる2児の母で、英最大の民放ITVの番組にて彼女は
「バワ」と名乗る男がロンドンに連れて行くというので6歳の少年を手渡した、と話している
捜査当局もこれは突破口になると色めきたった

2013年には英公共放送のBBCがオシアゲーデとの接触に成功した
少年について知っていることを全て話す用意は出来ている、と表明した彼女はBBCのインタビューで
アダムの本名は「イクポンウォサ」ではなく「パトリック・アーハバー」であり
「バワ」の本名は「キンズリー・オジョ」だと語ったのである
そして、2年前に被害少年「イクポンウォサ」であると証言してすでに報道各社に出回っている写真は
実は間違いでイクポンウォサでもパトリックでもなく、彼女の友人の息子ダニーで現在も生きている、と主張した

BBCが裏を取りにダニーの元に行ったところ、彼は「写真は確かに僕の子供の頃だけど
これが世界中の報道で使われてるなんて驚きだね」、とビックリ
確かにダニーがいたことは確認できた
BBCはさらにオシアゲーデが「パトリック」の面倒をみていたという邸宅跡地に赴き、目撃証言を得たのだが
目撃者曰く「その当時この辺を子供が走り回っていたねぇ」



さて、ここで「バワ」ことキンズリー・オジョにも少し触れておく
キンズリーは偽の亡命希望者として1997年にイギリスに初入国を果たしている
実はこの男、3つの名前を持つという怪しさ全開の人となりで、2002年に「アダム」事件に関して一度逮捕されている
その際の家宅捜索でキンズリー宅から見つかったカバンの中には、いろいろ混ざった複数の人骨と
「アダム」の胃袋から検出されたのとよく似た調合物が入っていた
また、「儀式」と名付けられたビデオも押収されている
ホンボシっぽいなあと思うが、しかしながらDNA鑑定ではアダムのものとキンズリー宅で発見された骨は一致しなかった
結局キンズリーはアダム事件では裁けず、2004年に人身売買の廉で4年半の懲役刑を食らっている
獄中でこの男はアダム事件解決に力を貸したいと申し出ているが
警察はこの申し出を警察の時間潰し目的だとみなし、とっととキンズリーをナイジェリアに強制送還させてしまった
当然と言うべきだが、キンズリーは本件への関わりを強く否定している

もう1つ問題になりそうなのがジョイス・オシアゲーデなのだが
一説には彼女は精神的な面で問題があり、話を全面的に信用できないという評価がある
写真の少年の身元を間違えてましたなどというのがその一端である、と看做すことができるというのだ



怪しげな人物は何人かいるのだが、怪しいだけで犯人と決め付けられない
そもそも、本当に「アダム=パトリック・アーハバー」なのだろうか
ジョイス・オシアゲーデの発言の信憑性も若干心許ない
そんな訳で本件は、今なお犯人特定には至っていない
964名無しさん@おーぷん :2017/10/04(水)13:57:41 ID:E8t
わりと最近の事件でこんだけ錯綜してるんか…
キンズリー怪しすぎて草も生えん
965名無しさん@おーぷん :2017/10/05(木)04:27:07 ID:KIB
  ルイーザ・スミス



シティ・オブ・ロンドンはロンドンの中心部であるが、そこから南東方向
テムズ川下流南岸にあるルイシャム地区の救貧院に住む売春婦ルイーザ・スミス(35)が倒れているのが見つかったのは
1889年2月10日のことである
まーた1880年代後半のロンドンで売春婦かー
しかも場所はイーストエンドの南数km
本当にこの時代は息を吐くように売春婦が殺害されているが、このたびは鈍器のようなもので頭を叩き割られていた
ジョン・ラクスフォードなる労働者とその救貧院で生活していたルイーザは、殺害前日からの行動がある程度判明している



前日2月9日の朝からルイーザはエミリー・アトキンソンという女とやはりこの救貧院で一緒に過ごしている
エミリーが午後10時45分ごろにエマ・マグワイアという名の別の女性と救貧院から去っていった
少しあとにジョン・ブラウンという男が目撃したところによれば、ルイーザと男が一緒に救貧院の門のところにいて
外へ出て行くところを見たというのである

翌10日0時半過ぎ、道路の縁石近くで女性が倒れているのが見つかった
警察が駆けつけて様子を見ると、口を切って血塗れになり意識を失っている様子だった
どういう状況で出血しているか警官は判断できず、女性は救命のため直ちに病院に搬送された
病院の医師の話では午前3時ごろに搬送されてきたとのことである
彼女の後頭部には陥没があり、耳と口から僅かに出血があった
顔は硬直しており、痣も見られた
手を尽くしたものの、彼女は2月14日に死亡した
検死解剖をしたところ、唇と口の中を歯で切ってはいるものの、歯は折れていなかった
このことは強力な衝撃が顔の前部に与えられたわけではなかったことを意味する
一方、下頭部頭皮の傷の下、脳膜にかけて夥しい出血で血腫ができていた(今なら硬膜下血腫の診断か)
頭蓋底は骨折が見られ、このことは後頭部に強い力が加えられた形跡であると考えられた
恐らくは表面が平らな鈍器で後ろから殴られたであろうことが推測され
口の傷は、後頭部を殴られた際に前に倒れた際に生じたものであろうと結論付けられた

検死結果はこのようにはっきりしたものが出てきたのだが、肝心の容疑者に関してサッパリ情報がない
2月9日午後10時45分~10日0時半の間に何があったのか、目撃証言もない
凶器から判断するに恐らくはジャックの手による犯行ではないだろう、というのがリパロロジストらの見解だが
じゃあ誰がやったのか、となるとお手上げである
とにかく売春婦の命が安い時代だったので類似案件が多いのだが
他の同時代の売春婦殺人事件の多くと同様に、本件も解決を見ることはないだろう
966名無しさん@おーぷん :2017/10/05(木)10:15:05 ID:pBY
この時代の売春婦戦国時代の乱取りされる側並の扱いやな…
多すぎるやろ…
967名無しさん@おーぷん :2017/10/06(金)04:37:12 ID:acX
  「ビル・オジャックス」親子殺人事件



イギリスはランカシャーの人里離れたバブで、その家主親子が殺害されたのは1882年4月3日のことである
マンチェスターから東に10kmほど離れたグリーンフィールド村、現在でもすぐ東に自然保護区がある辺鄙な場所である
その村の「ムーア・コック・イン」という名前のパブだが、ムーア(=moor:荒地、湿地:この事件とは関係ないが
同じ英の「ブレイディとヒンドレー」の事件も「moors murders」と呼ばれている)の名が示す通り
周りが原野でこんな所に呑みに来る客がいるのかと思えるような凄い場所である

このパブの1階で、家主であり近辺の猟場監視人でもあったトーマス・ブラッドベリー(46)のボコボコにされた遺体が見つかった
床や壁が血みどろになっていたのでかなりの惨状だ
その父ウィリアム・(通称ビル・オジャックス)・ブラッドベリー(84)は2階のベッドでやはりボコボコに打ち据えられていたのだが
発見された時はまだ意識があり、何やら言おうとしているのだが言葉としてはっきりと聞き取れない
結局、「P何とか」と言おうとしているらしいことは判ったが、間もなくビルも死亡した

ビルの言葉を調べていた捜査当局は、彼が「プラッツ」「パッツ」または「プラッターズ」と言おうとしていた可能性があるとして
この人名に関する捜査を行った
ちなみに、「パッツ」や「プラッターズ」はアイルランド系やジプシー系であるのだそうだ

この親子は人から恨まれる相応の理由があったらしい
父親ビルは博打の借金を抱えており、その返済で揉めていた可能性が指摘されている
また、息子トーマスは前述の通り猟場監視を生業としていたのだが、密漁で裁判にかけられた男が逆恨みしていたというのである
職業柄、密漁に関する裁判で証言台に立つので、逆恨みではあるが恨みを買っていたのは事実であるらしい



いくつか動機となりうる情報が得られたが、わかったのはそこまで
「プラッツ」「パッツ」「プラッターズ」に似た名の怨恨の持ち主も探せなかったようだ
ムーア・コック・インは1937年に取り壊され、取り壊されてから80年経った今も周りは荒地で、近くに貯水池がある以外は何もない
往時を偲ぶ遺構もなく、事件から130年以上経った今も解決も見ていない
968名無しさん@おーぷん :2017/10/06(金)10:31:56 ID:ZuN
ダイイングメッセージが伝わらないパターンって悲しいわな
ジプシーに絞りすぎたんちゃうか
969名無しさん@おーぷん :2017/10/07(土)05:16:43 ID:sUS
  ディープフリーズ殺人


大ロンドンの北、ウィートハムステッドはgoogleマップで現況を見ても閑静な田園風景が広がる
恐らく事件当時はさらに長閑な場所だっただろう

1957年12月30日、年の瀬という考えがイギリスにあるかは知らないが、年も押し迫った冬の季節
17歳の少女アン・ノブレットはダンススクールの帰り、バス停でバスから降りて
さほど距離もないウィートハムステッドのマーシャルヒース地区にある自宅まで歩いて帰るはずであった
しかし、彼女は家に帰ることはなかった

翌年2月5日、彼女の自宅から11kmほど離れた林の中の散歩道
犬の散歩をさせていた兄弟が女性の遺体を見つけたのだが、それがアンだった
彼女の財布と眼鏡は盗られずに身につけた状態で残されていた
しかし妙なことがあった
この冬のイングランドは暖冬であったにもかかわらず、彼女の遺体は芯から凍り付いていたのだ
もう1つ妙なことは、遺体が発見された林の道はその前に既に捜索が行われ
何も見つかっていなかったはずの場所だったのである

遺体を外に放置した結果凍りついたとは凡そありえない話で、また捨てられてからさほど時間を経ていないと思われたため
警察は保冷車や冷凍車、さらには業務用の冷蔵庫がある業者や農家などを中心に徹底的な聞き込み捜査を行った


恐らくは性的な目的での殺人と思われるが、業務用の大型冷凍施設がある地元民の犯行であろう
という痕跡は残されているものの、結局犯人は見つかることなく今に至っている
やはり一番の謎は、「なぜ遺体を凍らせたのか」ということだろう
この謎ゆえ”Deep Freeze Murder”(冷凍庫殺人事件/極低温殺人事件)と名付けられた事件は
一切の謎は解かれぬまま残されている
970名無しさん@おーぷん :2017/10/07(土)09:07:44 ID:Jn2
地元民まで絞っててもわからんのか…
実は結構地元民が業務用冷蔵庫持ってたとかかな?
971名無しさん@おーぷん :2017/10/08(日)04:18:53 ID:m4p
  ジョン・ギル



犯罪というものは病原菌やウイルスではないので伝染することはありえないはずである
しかし、あるセンセーショナルな犯罪が発生すると、それに影響されたバカどもが
コピーキャット犯罪を行ってしまうのが世の常である


1888年12月27日、かの切り裂きジャックの「カノニカルファイブ」の最後
メアリ・ジェイン・ケリーから1ヵ月半ほどしか経っていない、年も押し迫った冬
イングランドの北部、イギリス全体ではちょうど真ん中付近にあるブラッドフォード市での出来事である
ジョン・ギル(7or8:文献によってまちまち、とにかく少年)はしょうっちゅうそうしていたように
この日の朝も牛乳配達人ウィリアム・バーレット(23)の配達に一緒についていった

のちにウィリアム・バーレットが供述したところに拠れば、ジョン・ギルはウィリアムが最後に牛乳を配達する前に
ウィリアムの元を離れて行ったのだという
それに気付いたのはジョンの家から2~300mほどの距離の場所であった
さほど離れた場所ではなかったのだが、ジョンが家に帰ってくることはなかった

確認できた範囲で最後にジョンが目撃されたのは27日午前8時半ごろ、坂の天辺になっている路上で
少年ら何人かと氷滑りをしていたのがジョンの生きた最後の姿であるらしい
ジョンの両親、近隣住民、警察も挙ってジョン捜索に乗り出したが、その痕跡は見つけられなかった



12月29日朝7時のことである
屠畜業の雇われ人ジョゼフ・バークが馬競りのために雇い主の厩舎周りに来ると
道路から見て厩舎の裏手でとんでもないものを見つけてしまった
バラバラにされた少年の遺体がそこにはあったのだ
両腕両脚が雑に切り離され、遺体に結び付けられていた
腹部が切り開かれそこから腸が引っ張り出された状態だった
顔も両耳が切り取られており、正視できない酷いありさまだった
しかし、遺体発見現場には血痕がなかった

一緒に捨てられていた頭陀袋に「W・メイソン ダービーロード、リヴァプール」の印刷されていたので
これをもとに殺人者に辿りつけるのではないかと警察は色めきたった
しかし、W・メイソンに関する捜索は結局のところ犯人探しに何の役にも立たなかった
警察は犯人像を、酔っ払った若造がホワイトチャペルの一連の事件(ジャック案件も含む)に影響されて
調子に乗ってそのマネをしたものだろう、と推測するに至った
972名無しさん@おーぷん :2017/10/08(日)04:19:31 ID:m4p
12月29日になって捜査は進展を見せる
ジョン・ギル殺人容疑で牛乳配達人ウィリアム・バーレットが逮捕されたのである
当日の朝一緒にいたので容疑をかけられたのだろう

ウィリアム・バーレットは壮健そうな既婚の若者で、子供が1人いる
性格的にも評判がよく、地元住民は彼の無罪を信じていたようである

警察署長の会見要点は次の通りである
・まず、被害少年は容疑者といたのを最後に目撃情報がない
・次に、容疑者が被害少年と別れたと主張した時刻より後に、容疑者と被害少年が一緒にいたという目撃証言がある
・3つ目に、被害少年が行方不明になった27日夜、容疑者は丸々1時間不在だった時間がある
 その間に遺体が発見された厩舎にいた可能性が高く、犯行もその時間になされたと考えられる
・厩舎に水が溜った場所があった
 そこに布切れも落ちていて染みが付いてたので、これが血であるかどうか分析させる
 (注:この当時まだ動物の血液と人間の血液の判別技術は発明されていなかった)
・容疑者宅からは恐るべきナイフが発見されたが、これは被害者の傷のうち2つと一致する
 このナイフについて容疑者は最初「知らない」と言っていたがのちに訂正した、これは怪しい
・さらなる証拠は先ほどの布切れである
 当初容疑者は布切れに関して知らないと主張していたが、のちに雇い主から馬用に貰ったものだと訂正している
 やはり怪しい

警察側の言い分に有利な部分がないこともないが(供述を訂正した辺り)
主張に無理があったり憶測頼みの部分もある



前述の通り、地元住民は彼が殺人を犯したとは信じていなかった
新聞記者が集結したウィリアム宅で、妻も夫の無実を疑う部分は全くないと話している
パン切りナイフ(警察の会見要点で出て来た「恐るべきナイフ」はこれである)については
いつも使うものだから常に刃を研いでいただけで、警察は一番切れがよさそうなナイフを
「恐るべき刃物だ」と証拠物件に仕立て上げ持って行ってしまったのだ、と主張した

一方、案の定と言うべきか新聞は「ジャック」との関連を騒ぎ立てる
ジャックより酷い事件だと書く新聞もあれば、これより酷い事件が過去になかったか捜し始める新聞まで出る始末だった


当地において凄まじいセンセイションを巻き起こした本件は、それが沈静化するまで長い時間を要した
そのセンセイションは、ジョンの追悼に数千人が訪れるという形であらわれた
弔問に訪れた人々は、子を亡くしたジョンの両親に深い同情の意をあらわし
憎き犯人に正義の鉄槌が下ることを祈った
当地の人々の間では、ロンドンのイーストエンドからあのジャック・ザ・リパーがやってきて
最初にジョンがその犠牲者になったに違いないと恐怖で震えていたのだった
973名無しさん@おーぷん :2017/10/08(日)04:20:05 ID:m4p
年が変わって1889年1月1日、少し気になる記事が踊った

事件の前日12月26日、カーヒルという服屋の男、ブラッドフォード中心部からは離れた周りに何もない目抜き通りの住民だが
このカーヒルが妻と舞踏会に行っていたというのだ
翌朝10時、ジョン・ギルが最後に目撃されてから1時間半後のことになるが、カーヒルは舞踏会から帰宅した
そこで彼は、何者かに侵入されたらしいことを発見した
家具はあちこちに動かされ、様々な新聞記事はリビングのテーブルの上に散らかっている
別のテーブルの上はさらに恐ろしいことになっていた
彫刻刀がテーブルの上に突き刺してあり、さらには紙に書置きがあった
「9時半だ、用心しな 切り裂きジャックは既にいる」と書かれていたのである
テーブルの上にはブリキ缶に水がいっぱい入っていたのだが、その水がテーブルの上をびしょびしょにしていた
部屋の時計は、書置きにあった「9時半」で止まっていたというから不気味である
部屋からは、ラム酒の入った瓶を除いて何も盗られた様子はなかった

以上の話はカーヒル自身が語ったところに拠るのだという
なお、カーヒルの妻はこの家の荒らされ様に、誰かと一緒でないと部屋に居られないと恐れおののいてしまい
新たに別の住居を探さざるを得ない羽目になったらしい
ジョン・ギル行方不明当日の話だけに何やら気味が悪い



ウィリアム・バーレットの刑事法廷を行う前に、1月9日から証拠物件の精査が始まった
11日になって刑事法廷のトップが
「熟慮の結果、ウィリアム・バーレットの関与が全く証明出来ないということで意見が一致した
 よって、訴追は取り下げる」
と正式に発表し、ウィリアムは晴れて無罪放免となった
翌12日、無罪で拘置所を出るウィリアムに多くの人が祝福の嵐で出迎えたと伝えられている


さて、ウィリアムが容疑者から外されたということで、本件はすっかり謎まみれになってしまった
のちにあのパトリシア・コーンウェルが「ジャック=ウォルター・シッカート」説を提唱したが
シッカートが本件にも関わっているのではないかと考えているらしい
もちろん、証拠はない
ワイ個人的には、「ジャック=シッカート」説がそもそも我田引水的で信用ならん

それはさておき、ジョン・ギルは「聡明で地域の誰からも好かれていた」少年だった
そのジョン殺害犯に対して地域住民が望んだ「正義の鉄槌が下ること」
本件が未解決事件となってしまっている以上、その正義はなされずに今日を迎えてしまっている
カーヒル宅の侵入者が何を意味していたかも、今となっては知る術がない
ただ、恐るべき犯罪と悲しい事実が今に語り継がれているのみなのである
974名無しさん@おーぷん :2017/10/08(日)13:23:13 ID:Cra
日本では画家より切り裂きジャックの容疑者としての方が知名度があるシッカート君
売れない自称画家位に思われてそう

やっぱり初動捜査の失敗やね
謎の強盗関係あるんかな
975名無しさん@おーぷん :2017/10/09(月)04:33:24 ID:UtL
  ジェイン・サーグッド=ダヴ


オーストラリアのメルボルン郊外・ニドリーに住むジェイン・サーグッド=ダヴ(34)は
いつもそうしていたように、1997年11月6日午後、学校に行っている彼女の3人の子供を車で迎えに行っていた
すると、彼女を付回す男がいる
のちにその特徴を「背が低く、太鼓腹のデブ」と説明されることになるその男は
自分の車でジェインの車を付け回していたのだという
子供を車に乗せ帰宅し、彼女が車を降りたその時、男は大口径の拳銃で彼女の頭を何度も撃った
それも彼女の子供らの目の前で、である
痛ましいことに彼女は即死だった
男は銃撃するだけしたら、待たせてあった逃走用の車でその場から逃げ去った
逃走車の運転席には銃撃した男とよく似た若い男が座っていたらしい
逃げた車はのちに火を放たれた状態で発見されたが、これは事件前日に被害届が出されていた盗難車だった


目撃証言がどのくらいあったかよくわからないが、少なくともジェインの3人の子供は現場を目撃している
ただし、年長の子でも10歳と幼かった上、母親を銃殺されるというあまりにショッキングな出来事だったからか
白昼堂々と射殺したにもかかわらず、犯人らの詳細はわかっていない
976名無しさん@おーぷん :2017/10/09(月)04:33:39 ID:UtL
警察は、一応3つの線で事件を捜査した、あるいは捜査している

まずは、ジェインの夫マークによる犯行の可能性である
しかし、そもそもマークに殺害の動機がない
マークとジェインの結婚生活は至極順風満帆で幸せだったと誰もが認める円満夫婦で
真面目で仕事熱心だったマークには犯歴もない
それでもというので、2000年にポリグラフのチェックを掛けたが、異常は見られなかった
夫の容疑は完全に晴れ、容疑者リストから除外された


次に、ジェインに秘密の愛人がいたのではないかという線を調べた
ジェインには愛人がいたらしいということを少なくとも彼女の友人2名が知っていたらしい
夫婦円満とかいう話はどこにいったんですかね
夫にバレなければ円満だったと言っていいのかよくわからんが、その愛人は警察官であるらしく
愛人男性はジェインと一緒になりたくてたまらなかったのだという
その想いが拗れ、遂にその男はうつ病を発症するに至った
事件の翌年、メルボルンの新聞「ヘラルド・サン」は1面で「ジェイン・サーグッド=ダヴ殺人事件に関し警察官が最重要参考人」
とぶち上げ注目を集めた
警官がジェインに「夫と別れて俺と一緒になろう」と懇願したものの拒絶されたので彼女を殺した
そうであるに違いないという論調であったようだ
ヒットマン2名を雇ってジェインを殺害した可能性も指摘された

件の警官は合計3度、この事件に関して尋問を受けている
当警官は事件の時刻のアリバイがなく、ポリグラフのチェックでも異常が確認された
これはホンボシか!?とざわめいたものの、肝心の直接的物証がない
状況証拠に関しても、そう言えるかすら怪しいそれである
また、どこの国でもそうだが、ポリグラフ検査で異常が確認された場合でも基本的に証拠能力は低く
裁判でも証拠として取り上げられる可能性も低い
そんなこんなで2000年4月にこの警官は証拠不十分で釈放された


最後に、「ジェインは人違いで殺害された」説である
最大100万豪ドルの報奨金で情報を募った際、警察に齎された情報があった
曰く、ジーロング(メルボルン郊外の港湾都市、ロッテのバレンタイン監督が春季キャンプで「オゥ、ホットガイ!」と言われたのは
ここでのキャンプの出来事)のバイク乗り集団が関与していた、というものである
それに拠れば、この集団が同じ通りに住む別の女性を殺害しようとして、たまたまよく似ていたジェインがいたので
間違えて殺してしまった、ということらしい
どこまで本当か真偽のほどは不明だが、もしこの説が正しければジェインはまことに不運なとばっちりであり
残された子供たちは気の毒と言うほかない


怪しい人間もいなくはないが、容疑者とするにはあまりに証拠が弱過ぎる
人違い説は真偽のほどが判らない、100万ドルに釣られたデマかもしれない
決定的な証言もなく、本件は今なお未解決のままである
977名無しさん@おーぷん :2017/10/09(月)11:57:02 ID:bve
一番悲劇なのは順風満帆の夫婦生活で妻を殺された揚句妻は浮気してたと国中にばらされた夫の方だと思った
978名無しさん@おーぷん :2017/10/10(火)05:48:05 ID:QyP
  ジョゼフ・ドゥセ



1990年7月19日、心理学者にして破門された元牧師だったジョゼフ・ドゥセ(45)は
午後9時前にパリの自宅で、「警察であると称した」2人組に呼び出され、彼らと外に出て行って
そのまま二度と帰ってくることはなかった
ちっとも帰ってこないジョゼフを心配した同居人が丸1日後に警察に通報し
警察は4日後に誘拐事件として捜査を開始した

同年10月24日、パリ近郊のランブイエの森からジョゼフの遺体が発見された
検死の結果、彼は失踪直後に絞殺されたものであることが判明した



この事件にはいわくのある話がある
ジョゼフは破門された元牧師であったのだが、恐らくこれが破門の理由であろうと推測されるのだが
彼はカミングアウトしたゲイだったのである
前述の同居人も恋人の男性だった
そしてジョゼフは性的マイノリティのための国際組織の設立にも寄与している
そこで彼は性的マイノリティのために親身になって働いたのは良かったのだが、少々度が過ぎたらしく
サド/マゾ趣味の人間やペドフィリアの悩みまでもサポートしていたらしい
確かに性的マイノリティではあるかもしれないが、ペドフィリアのサポートをしてはいかんでしょ
彼がショタコンだったのではないかと疑いを持たれたこともあったようだ

そんな人物であったので、ジョゼフは警察の監視対象であったらしい
警察の監視責任者だったジャン=マルク・デュフルが別件で逮捕され、私文書偽造の罪で有罪になったものの
ジョゼフの事件に関しては一貫して否定し続けた

2007年10月24日、ジョゼフの遺体発見からちょうど17年後のこの日、公訴は棄却され
ジョゼフ殺害に関しジャン=マルクの無罪が確定した
ジョゼフはフランス国家権力に消された、と信ずる者が今でも多いらしいが、真偽のほどは判らない
ペドフィリア関係であれば憎しみを持つ人間も多いので、警察に限らずジョゼフを目の敵にする人間は多かった可能性がある
もし仮に警察が関わっているとしても、権力が性的マイノリティを抹殺しましたなどと認める訳がなく
数多の陰謀論を残しつつ、本件は未解決のままである
979名無しさん@おーぷん :2017/10/10(火)13:31:24 ID:Eeh
でもフランスのペド率って高いから逆に政府の大物のペドな秘密を握ってペド側に消されてそうでもある
980名無しさん@おーぷん :2017/10/11(水)03:59:10 ID:YxS
本日は小ネタ


  チャールズ・バド・ロビンソン


チャールズ・バド・ロビンソンは1873年生まれのカナダ人植物学者兼冒険家だった
北米大陸だけでなく、遠く東南アジアにも足を運び、何冊か本も書いている

そのチャールズが消息を絶ったのは1913年12月5日、パプアニューギニア島の西で現在はインドネシアの
モルッカ諸島に植物研究の遠征に発って以降のことである
それ以来100年以上、チャールズの消息はつかめていない

しかしながら、チャールズの当地アシスタント役をしていた現地住民のレポートに
彼の失踪の顛末とされるものが書かれている
それによれば以下の通りである
 チャールズは現地でココナツの木にのぼっている少年に出くわした
 ところが、運の悪いことにその少年は白人を見たことがなかった
 少年はチャールズを首狩りに来た異民族であると信じ込んでしまい、慌てて大人たちがいる集落の方に逃げていった
 そして集落の大人たちがチャールズを殺害し遺体を海に沈めた…
チャールズの訃報記事もこれを踏襲し、「無知で野蛮な数人の原住民に殺害された」とある

但し、モルッカ諸島自体はオランダの植民地になって長いこと経っていたので
白人を見たことがなかったのは件の少年だけだったと思われる
首狩りに来たという少年の言い分を大人たちが疑うことなく信じてしまったのだろう


これに関して、マレー語でココナツを示す「kelapa」を、頭を表す「kepala」と混同してしまったのではないかという説がある
もしチャールズが少年に「ココナツを切り取ってくれ」と言ったつもりだったのが「頭部を切り取ってくれ」と間違えてしまったのだとしたら
少年は驚いて集落の大人たちに知らせに行くだろうし、大人たちも自分らの身を守ろうとしてしまっても不思議ではない
まことに不運と言うほかない
チャールズは現地の言葉を少し喋れたらしいのだがそれは拙いレベルのものだったので
言い間違いや発音の不備は十分にあり得る話である

おそらくこの辺りが真実であると思われるが、チャールズの遺体が見つかっておらず
また集落の原住民の手にかかったとしても、それが誰によるものであるか、もはや特定することも出来ないだろう
981名無しさん@おーぷん :2017/10/11(水)13:45:58 ID:lVJ
知らんおっさんが頭を切り取ってくれと頼んだら切り取ってくれる優しい民族やな
ギャグみたいな最後やな
982名無しさん@おーぷん :2017/10/12(木)05:50:24 ID:MrK
  ジェイディン・レスキー



生まれてから僅か1年2ヶ月に満たぬうちの悲劇だった
ジェイディン・レスキーは父ブレット・レスキー、母ビリンダ・ウィリアムズの間に生を受けた坊やだったが
1997年6月15日、オーストラリアのヴィクトリア州ニューボローにある母ビリンダのボーイフレンド宅から
ジェイディンは突如行方不明になった
その時の状況については今になってもはっきりしていないが、僅か1歳1ヵ月半の子供だったので
自発的にどこかに行ったという可能性はゼロである
この日の晩、ボーイフレンド宅に豚の頭部が投げ込まれたり、その他器物損壊行為をされたということがあったらしく
何やらただ事ではない雰囲気だった

消息が全くつかめないまま、翌年を迎えた
まさに年が変わった1月1日に最悪の知らせが飛び込んできたのである
北西に15kmほど離れたブルーロック・ダムのダム湖から子供の遺体が発見された
ダム湖の水が冷たく遺体の腐敗が進まなかったこととDNA検査から
遺体の子供がジェイディンであることが確認された
頭にある傷が致命傷らしく、恐らくは最近殺害されたものではないらしかった



真っ先に容疑者となったのが、最後にジェイディンが目撃された家屋の所有者
すなわち母ビリンダのボイーフレンドであるグレッグ・ドマシェヴィッチである
失踪直前までグレッグがジェイディンのベビーシッティングをしていたので、どうみても怪しい
しかし、一番最後に目撃された家の持ち主で一番最後まで一緒にいた、というのは状況証拠でしかない
物的証拠が何もなく、逮捕から起訴まで持ち込まれたものの、グレッグは裁判で無罪判決を勝ち取った

無罪になったものの、誰がどうみても限りなくクロである
マスコミもそう思ったのだろう、あることないこといろいろ書きまくった
業を煮やしたグレッグ側は弁護士を通じ、メディアの暴走に関して調査を要求した

一方、ジェイディンの母ビリンダは、いわゆる「二重の危険(≒一事不再理)」によって
たとえ新証拠が出て来たとしてもグレッグを訴追できない現状を打破するため
法改正に向けた有志連合を結成している
しかし二重の危険とか一事不再理は刑事訴訟に関する重大な決め事であるので
これが変更されることは考えにくい
ビリンダは今でもグレッグにこう訴えかけている
「死ぬまでに本当のことを教えてちょうだい」と

限りなくクロに近い人物がいるが、彼はすでに無罪を勝ち取っている
そうである以上、怪しい人間であると名指しすることは出来ても
訴追することはもはや不可能だろう

なお、豚の頭部が投げ込まれた件に関しては
裁判においてジェイディン殺害とは無関係であるとされている
983名無しさん@おーぷん :2017/10/12(木)08:39:14 ID:RVO
怪しいけど最後にいただけではさすがに無理やろなぁ
984名無しさん@おーぷん :2017/10/13(金)06:02:30 ID:kMv
  ソフィ・トスカン・デュ・プランティエ


フランスの女性映画プロデューサー、ソフィ・トスカン・デュ・プランティエ(39)が
アイルランド最南端のコーク州にある別荘で撲殺された姿で見つかったのは、1996年12月23日のことだった

ソフィは12月20日から年末休みとテレビ番組企画の準備を兼ねて当地を訪れていたのだが
23日朝にご近所さんが彼女の遺体を見つけた次第である
その遺体は寝間着を着用した状態で顔がしこたま打ち据えられていた
そして、その傷は恐らく手斧のようなものによって与えられたようだった
襲われた時に恐らく抵抗したのだろう、彼女の遺体の爪の間には犯人と思しき髪の毛も見つかっている
彼女はそのあと庭に逃げ込んだものの、殺人者は彼女を追いかけた挙句何度も殴った
庭の金属柵までソフィが逃げた所で、殺人者はコンクリートブロックを掴み彼女の顔にそれを叩きつけ
トドメを刺したものらしかった
体全体で40箇所の傷が見つかったというから酷い襲われようである

警察は、犯人がソフィとかなり近い関係にあるのではと推測した
ソフィの別荘は周りに何もないような辺鄙な場所にあり、アクセスも極めて困難で道路状態も悪い場所だったのである
そして、未解決事件にありがちな初動の問題がここで発生してしまう
検死官がクリスマス休暇のショッピング完遂を優先させるというムチャクチャな悪手を打った結果
事件現場に検死官が到着したのは遺体発見から36時間も経ったあとだった
このせいで、ソフィの死亡推定時刻の幅がムダに大きくなってしまったのである
また、当時雨が降っていたため証拠になりそうな物件の大半が洗い流されてしまい
少ないながら得られた血液サンプルも雨のせいでDNA検査や血液型特定の役には立たなかった
また、凶器と考えられた手斧らしきものは現場からは見つからなかった
985名無しさん@おーぷん :2017/10/13(金)06:03:06 ID:kMv
重要証言があった
「俺は彼女に会いに行ったらあの女怒っちゃってさ、だからあの女の頭蓋骨ぶっ壊してやったんだよ」
酔っ払ってこんな物騒なことを言っていた男がいたらしいのである

ソフィの別荘から数kmほど離れた場所に住むイアン・ベイリーというフリーの物書きがいた
この男が容疑として浮上したのである
この男の顔や手、腕には引っかき傷がいくつも付けられていた
そして前述の告白をしたのがこのイアンだったのである

イアンは1997年と2001年の2度、事情聴取を受けたのだがこの時はいずれも逮捕はなく聴取のみだった
その後、2001年8月22日にイアンは逮捕されたのだが、何しろ物証がない
>>846のアマンダ・トゥシング事件でもそうだったが、雨で証拠が流されてしまっていた
検死官の職務怠慢のせいでソフィの死亡推定時刻が確定できなかったのも痛かった
結局、イアン・ベイリーは証拠不十分で釈放された


ソフィの母国フランスは本件の解決に向けアクションを起こした結果、2010年に欧州逮捕状が発行された
ところが、アイルランドの上級審はその要求を却下した
仏愛2国間の相互主義が不完全だったのと、欧州逮捕状の発行地の問題で同逮捕状の効力に疑問が生じたためであるらしい

事態が動いたのは今年の3月になってからである
またしてもイアン・ベイリーが逮捕された
このたびは欧州逮捕状の効力に問題はなかったらしく、アイルランド上級審もフランスへのイアン身柄引き渡しを承認した
しかしイアン側は弁護士チームを結成し抵抗する構えであるという



本件は事件発生から20年以上経つが、現在進行形で事態が推移しており
身柄のやり取りに関わる条約絡みでまだまだ先行きは見えてこない
そして、これが肝心なのだが、物的証拠はほとんどない
もしイアン・ベイリーの身柄がフランスに引き渡されたとしても、立件から有罪に持ち込むまでに先は長いと言えるだろう
986名無しさん@おーぷん :2017/10/13(金)09:08:41 ID:mWD
検死官」のショッピングの所為で証拠不十分の迷宮入り寸前やんけ!
987名無しさん@おーぷん :2017/10/14(土)02:50:38 ID:fCl
  モール・マカーシー


アイルランド南部のティペラリ州ニューインは今でものどかな田園風景が広がる牧歌的な土地である
事件が起きた1940年当時はさらにのどかな場所だったろう
小作農兼売春婦家業だったメアリ・(通称モール)・マカーシー(38)は
そんなニューイン地区マールヒルで1940年11月20~21日の間に殺害された
この日時の幅は意味を持つことになる

このモールという女性は未婚でありながら少なくとも異なった6人を父親とする
合計7人の子供を産んでいる
この国は国民の85%がカトリックの国なのに、未婚かつ父親がバラバラの子が6人いるとか大丈夫なんですかね
それはさておき、彼女はジョン・シーザーという土地持ち農家の隣で
与えられた2エーカーの区画に建てられた掘っ立て小屋に住んでいた
水はシーザー家の井戸から貰っていたらしいのでかなり苦しい生活だったようだ
2エーカーというと結構広い(約0.8ヘクタール)が、シングルマザーだったのでこの区画全てを農地に出来なかったのかもしれない
小作農とは名ばかりで、もっぱら売春婦家業で生計を立てていたのだという

やはりアイルランドはカトリックの国なので大丈夫ではなかった
モールのスキャンダラスなライフスタイルは非難の的になって
1926年には掘っ立て小屋の茅葺屋根が放火によって全損している
7人もいる子供の何人かを孤児院に入れたいという申し出たが、地区判事はこれを却下し
良い母親になりなさいと説得したという話も伝わるので、司法からもいい目で見られていなかったらしい



1940年11月21日、ジョン・シーザーの甥であるヘンリー・グリーソンが
叔父ジョンの農場の1区画にて顔面を銃撃され死亡しているモールの遺体を発見した
アイルランド警察は11月30日にヘンリー・グリーソンを逮捕した
警察の言い分はこうだ
モールの夭折した末っ子の父親は逮捕されたヘンリーだったのだが
もしヘンリーがモールと関係していたのが叔父ジョンにバレたら勘当されるのではないかと思っていた…
つまり、警察は関係を隠蔽する為の口封じが動機であると考えていたのである
一方のヘンリーは、モールとの関係もモール殺害への関与も否定し続けた
しかしながら翌年1941年2月27日の判決公判で宣告されたのは死刑
上訴も全て却下され、1941年4月23日、絞首刑に処された
これで、めでたしめでたし
988名無しさん@おーぷん :2017/10/14(土)02:51:05 ID:fCl
とならないのが未解決事件たる所以である
1980年代にグリーソンの友人が自費出版した「ヘンリー・グリーソンの茶番裁判」によれば
ヘンリーは罠に嵌められたのだという
この本が切っ掛けとなり、1993年には歴史家や法律家が共著で「マールヒルの殺人」なる書籍を発行したが
ここでもヘンリーの無実である証拠が提示されている
かくして、ヘンリー無実を主張するネットワークが徐々に広がりを見せ、キャンペーンが行われるようになった

「アイルランド無実プロジェクト」という組織があるらしいのだが、こことの連携が功を奏し
2013年に「無実プロジェクト」はアイルランド法務省に書類を提出した
司法長官や上級弁護士らもこの書類を精査し、事件の問題点が明らかとなった
 ・医学的見地から、モール死亡推定時刻は恐らく1940年11月21日であるが、ヘンリーはこの時刻のアリバイがあった
  一方で検察は11月20日死亡を不自然に強調していた
 ・ジョン・シーザー夫妻を証人として呼ばなかった
 ・警察は、モールの子供2人をヘンリーと対面させて悪い印象を与えようという演出を行った
 ・凶器のショットガンの登録情報照会を怠った

よくこんな裁判で死刑に出来たなあ
上級弁護士も「信頼するに足らない状況証拠を元に出した判決である」と報告し、恩赦を出すよう勧告した
2015年12月19日、大統領署名のもと無罪恩赦が発効され、絞首刑から74年を経てヘンリー・グリーソンは無罪を勝ち取った



じゃあ、誰がモールを殺ったのか
2015年に出版された「嵌められたヘンリー・グリーソン」という書籍では
かのIRAのメンバーの1人が容疑者である、という説を発表している
それによれば、モール・マカーシーは警察への情報提供者だったのが殺害された理由であるというのだ
どこまで本当かわからないが

事件から三四半世紀を経て被執行死刑囚が逆転無罪を得たことで、本件は未解決となった
諸説提示されることはあるものの決め手に欠き
誰が何のためにモールを殺したか今なお全くわかっていない
989名無しさん@おーぷん :2017/10/14(土)11:41:09 ID:wZv
ガバいほどの警察側の捜査する気のなさが陰謀説になるんやなぁ…
990名無しさん@おーぷん :2017/10/15(日)03:37:49 ID:Kg1
  イヴリン・ハートリー



1953年10月24日、ウィスコンシン州立ラクロス大学(当時)のヴィッゴ・ラスムッセン教授は
同僚教授の娘イヴリン・ハートリー(15)に、1歳8ヶ月になるヴィッゴの娘のベビーシッティングを頼んだ

その晩のことである
イヴリンの父リチャード・ハートリーは、娘が夜8時半になっても帰宅しないので
ヴィッゴ宅に何度か電話を掛けたのだが、電話には誰も出ない
心配になったリチャードはヴィッゴ宅に向かったのだが、娘はそこにはいなかった
ヴィッゴ宅の玄関は鍵がかかったままで、中に入ると電灯やラジオは付けっぱなしだった
家の中は物が散乱しており、リビングの家具は元あった位置から動かされていた
イヴリンの靴が1階と2階で、それぞれ片足分ずつ見つかっている
さらに2階では、彼女の眼鏡も壊れた状態で発見された
これだけいろいろなものが見つかったのに、肝心のイヴリンだけはそこにいなかった
窓の鍵も全てかかっているように思えたが、ただ1箇所、家の裏側にある地下室の通気窓だけは鍵がかかっていなかった
窓の遮蔽幕は取り外されており、壁に寄りかかるように放置されていた
窓の開け閉めに使うための踏み台も発見されている
いくつかの窓には梃子のようなか何かでこじ開けようとした形跡が残されており、ヴィッゴ宅周辺には足跡もいくつか残っている
さらに、血痕が家屋の中と庭のいずれからも見つかった
血の着いた掌紋は100m近く離れた場所からも見つかっている
明らかにイヴリン・ハートリーは事件に巻き込まれているようだった

なお、犯人は赤ん坊に興味がなかったか、あるいは口封じの必要がなかったからか
ベビーシッティングされていたヴィッゴの娘は、家の中ですやすや眠っているのが見つかっているが
ケガなどはなかった




警察は、犯人がイヴリンを運び去る途中で彼女を庭に落としたのだろうと推測した
庭の血痕はその時のものだろうと考えたのである
警察犬を使いイヴリンの足跡をトレースしたのだが、警察犬の追跡は2ブロック先で途絶えた
恐らくここで車に詰め込まれたのだろう

この付近で重要な証言がいくつか得られた
事件があったと思われる時間帯に、近隣住民が急いで走り去った車を目撃したというのである
さらに別の住民はその目撃証言の時間より1時間ほど前に叫び声らしきものを聞いたと証言した
ただし2件目の住民は子供のいたずらか何かだと思って特に注意を払わなかったらしい
警察の事情聴取で事件を知り驚いた次第である
事件から2日後、さらに別の近隣住民からの証言によれば、これより西の地区で
猛スピードで走ってきたビュイック(GMのブランド)と危うくぶつかりそうになったという
この時ビュイックの中には男が運転をしており、後ろのシートには別の男と少女がいたのを目撃している
この目撃者は、その時は3人組がどこかに行くんだろうな程度に思っていたのだが
事件の報道を目にして警察に報告したらしい

数日後、別の場所でイヴリンの下着類、ジーンズ、ジャケットなどが発見された
そのほとんどが血塗れになっていたからやはりただ事ではない
付着していた血の血液型はイヴリンのそれと一致した
991名無しさん@おーぷん :2017/10/15(日)03:38:10 ID:Kg1
地元民1000人以上が参加して大捜索が始まった
法執行官事務所や州兵隊のような公式機関も参加し
官民の航空隊も飛行機や縁を飛ばし空中から捜索を支援した
1954年5月にはウィスコンシン州ラクロス地区の高校生1750人を対象にした嘘発見器テストを計画したが
さすがにこれは論争の元になってしまい、結局300人がテストをするに留まった
嘘発見器は証拠能力が低く誤診もあるのでむべなるかなといったところである

さて、ここで超大物の名前が浮上してくる
事件当時、イヴリン失踪からほんの数ブロック離れた所にいる親戚を尋ねてきた男がいる
かのエド・ゲインである
エド・ゲイン逮捕後にこのことが判明し、容疑者として急浮上したのだった
警察はエド・ゲイン宅を捜索した際にイヴリンの痕跡を発見できておらず、またエドもイヴリン失踪への関与を否定している
嘘発見器のテストを2度行ったが、エドはそのいずれもクリアしている
もっとも、嘘発見器の効力そのものの疑問に加えエドの異常性を鑑みると
このテストに意味があったとは思えないが

1957年に当局は、エド・ゲインがイヴリン・ハートリー失踪に関与していなかったことを公式に発表した
ついでに、1947年のジョージア・ウェックラー(当時8歳)失踪への関与がなかったことも併せて発表された
どんだけ疑われてたんだエド・ゲインは
今でもイヴリン失踪はエド・ゲインの仕業であると信じるものが何人かいるようだが
母親ぐらいの年齢のオバハンを趣味にしていたエド・ゲインが少女を掻っ攫うのは
少し違うような気がしなくもない

ウィスコンシン州史上最大の捜査網でしらみつぶしに調べあげたものの
今に至るまでイヴリン・ハートリーの所在すらつかめていない
超大物の名前が挙がるに至ったが、いまだに疑いの目は向けられるものの彼が関与した証拠がない
イヴリンがいなくなったという以上の事実は全く解明されていないのである
992名無しさん@おーぷん :2017/10/15(日)13:22:38 ID:snY
まんま誘拐殺人やろなぁ
エドゲインはないやろなぁ…
993名無しさん@おーぷん :2017/10/16(月)03:58:47 ID:p4B
  マーガレット・クック



大ロンドンの繁華街ソーホー地区にあるカーナビーストリート
繁華街だけあってブティックあり、ライブハウスあり、飲食店あり、そして性産業ももちろんあり
そんな通りの一角、ナイトクラブ「ブルーラグーン」の外で売春婦マーガレット・クック(26)が射殺されたのは
1946年11月10日のことである

目撃証言があるにはあった
それによれば、「ポークパイハット(山高帽が潰れたような形の帽子)を被りバーバリのコートを羽織った25歳から30歳の男」
これだけで大ロンドンから犯人を捜せというのはさすがに無理
しかも目撃者はこの男がどこに行ったか見失ってしまっている
本件はこれだけの情報しかなく、完全に歴史の中に埋没してしまった



事件から69年が過ぎ去った2015年はカナダで、本件は動きを見せた
カナダの老人ホームに住む91歳の老人男性(名前は明かされていない)が、
かつてロンドンで第2次大戦中のロシア製ピストルで女性を殺害したと告白した
スコットランドヤード(ロンドン警視庁)はこの情報に飛びつき、捜査員をカナダまで派遣
この老人はスコットランドヤードの聴取に対し、写真の中から殺害女性としてマーガレットの写っているものを選んだが
91歳の年齢ゆえか69年も前の話だからか、マーガレットの名前を思い出すことは出来なかった
この爺さん、91歳という年齢で病を患っており、余命幾ばくもないとの思いから
ここでかつての罪を吐き出そうと思ったらしい
ロンドン当局はこの老人を送致できるようカナダ政府に働きかけたが、カナダ政府はそれに応じていない
高齢と病を考慮してのことと思われるので致し方ないだろう

イギリス史上、犯行から告白までの期間が最も長い事例と考えられている本件は
しかしながら容疑者が高齢のため犯人であると断定することが出来ず
公式には未解決事件扱いとなっている
994名無しさん@おーぷん :2017/10/16(月)21:04:01 ID:bou
こんなこともあるんやな
動機はなんやったんやろ
995名無しさん@おーぷん :2017/10/17(火)01:00:35 ID:yC2
  リンゼイ・ライマー



13歳の少女リンゼイ・ライマーがウェストヨークシャー州ヘブデンブリッジの自宅を離れて以降行方がわからなくなったのは
1994年11月7日のことである
イギリスという国はロンドンをはじめとするいくつかの大都会以外は田園風景か荒野が広がる長閑な地が多く
ここイングランド北部、イギリス全体ではほぼ真ん中にあるヘブデンブリッジもまた例外ではなかった
ちなみに西に10kmほどの所に、断頭台で有名なハリファックスがある

話を戻すと、リンゼイは11月7日午後10時、袋入りコーンフレークを買いに近場のスーパーマーケットに出かけた
こんな遅い時間にどうかと思うが、リンゼイはその途中でパブに立ち寄った
何で13歳の少女がパブに立ち寄らなアカンのか
実は、リンゼイの母がここで友人と1杯やっていたのである
お母ちゃんの顔を見てからスーパーに行こうとしていたのだ
母はリンゼイにコーラでも飲んでいかないかと誘ったが、リンゼイはお買い物に行くからと母の誘いを断り、スーパーに向かっていった
スーパーマーケットの防犯カメラには、午後10時22分にコーンフレークを買って代金を支払っているリンゼイの姿が映っていた
パブに立ち寄ったのち買い物をして、会計を済ますまで22分しか経っていないことからも
スーパーまで大した距離ではないことがわかる
しかし、彼女の生きている姿が確認されたのはこれが最後だった
リンゼイが買い物から家に帰り着くことはなかったのである

通報を受けた警察は、まずはリンゼイがどこかに逃げて行ってしまったのではないかと考えた
当地近隣住民はライマー家に家庭の問題があるのではと推測したのだが、ライマー家側は強硬にそれを否定している
リンゼイの姉はスーパーへの道中の捜索を警察と一緒に行ったのだが、リンゼイの足跡は見つからなかった

年を越した1995年4月12日、ヘブデンブリッジからロッチデイル運河の作業員が、
ヘブデンブリッジから1マイル上流の同運河で少女の遺体を発見した
重しを付けて沈められていたその遺体は、リンゼイ・ライマーのものであることが確認された
検死結果によれば死因は絞殺死、咽頭部が脊椎に押し付けられ潰されていた
性的な暴行を受けた形跡は見つからなかった

警察は100名以上の目撃証言と5000名以上の事情聴取を行い、当時釈放されていた殺人者及び性犯罪者を
片っ端から虱潰しに調査していった
その中には2002年に終身刑判決を受け服役していたジョン・テイラーも含まれている
こいつは2000年当時16歳だった少女を誘拐及び殺害したとんでもない男であり
起訴内容には含まれていなかったものの強姦もしていたらしい
しかし、このジョン・テイラーと本件を結びつける証拠は何もなかった

時は降り2016年4月、ウェストヨークシャー警察はカナダの法医学専門チームにDNA鑑定を依頼し
犯人に結びつける証拠への望みを託している
このDNA鑑定結果か否かは不明だが、同年11月8日に63歳の男(氏名は発表されず)が容疑者として逮捕された
しかし間もなく釈放されている
氏名公表せずによかったというべきか

さらに事件が動いたのは今年、4月25日に68歳の男が容疑者として逮捕された
今回も例によって今のところ名前は公表されていない

20年以上の時を経て動きを見せている本件は、しかしながら確実に犯人を捕捉したというところまではいっていない
現在進行形の未解決事件である
996名無しさん@おーぷん :2017/10/17(火)02:08:42 ID:Jtw
性的暴行してないとなんかないとDNAとかで特定難しそうやしなぁ…
997名無しさん@おーぷん :2017/10/17(火)11:53:12 ID:5lL
そろそろ完走しそうやが次どうするん?
毎日の楽しみに続けて欲しいとは思うわやが
998名無しさん@おーぷん :2017/10/18(水)04:15:57 ID:2ha
  カイリー・メイベリー


オーストラリア競馬で最大のレースと言えば、当地の競馬ファンならメルボルンカップと答えるだろう
メルボルン周辺は年に1度のメルボルンカップの開催日は祝日になっているほどだから、そのお祭振りが窺える
日本からも菊花賞馬デルタブルースが海外遠征で2006年のこのレースを勝っている
毎年10万人前後が観戦に訪れる賑わいを見せるメルボルンカップ・デー、1984年のその日に事件は起きた

1984年11月6日、メルボルンのフレミントン競馬場でメルボルンカップが開催されているちょうどその頃
6歳の少女カイリー・メイベリーは袋入りの砂糖を買うおつかいでコンビニエンスストアに出かけた
はじめてのおつかいかどうかは判らないが、それに近い感じだったのだろう
しかし、袋入り砂糖を買って帰っていったのが目撃されたのを最後に、彼女の生きた姿を見た者はいなかった
日付が変わった11月7日0時45分ごろ、側溝からカイリーの遺体が見つかったのである
死因は恐らく窒息死、何とも酷いことに強姦された形跡があり、性器を含む体内部の損傷が散見された
また彼女の遺体からは強い鎮静剤であるジアゼパムが検出されている
犯人はこれをカイリーに用い、意識が朦朧としたところを襲ったと見られる
むごい話である


メディアはこの事件に飛びついたが、捜査の方は遅々として進まなかった
時は流れ1990年代、ヴィクトリア州警察はロバート・アーサー・セルビー・ロウという少女殺人犯に注目した
こいつは1991年にやはりメルボルンの6歳の幼女を殺害し、終身刑で服役していた
毎度登場DNA検査が行われたが、このたびはロバートとの関わりは確認されず、この件に関してはロバートはシロだった

他にも容疑者はいた
カイリーの叔父マーク・メイベリーが本件への関わりを疑われたことがあった
しかしマークは1987年、疑いをかけられたことを苦に自殺してしまった
のちの捜査でマークが無罪であることが確認され、カイリーと同じ墓地に埋葬されたというが
無実の人間を疑って死なせてしまったことは痛恨である

2014年、ヴィクトリア州警察はコールドケースの洗い直しを始めた
そして2016年6月には73歳のグレゴリ・キース・デイヴィーズなる男がカイリーへの逮捕監禁、強姦、そして殺害容疑で
予備審問を受けることが決定した
2017年抗弁審問が行われる予定だったのだが、それを目前に控えた7月23日
拘置所で別の監獄仲間に煮えたぎった湯をぶっ掛けられ大火傷を負って
現在裁判はストップしているらしい

もう少しで事件完全解決となるところだったが、裁判が止まってしまっている以上
未解決状態であると言わざるを得ないのは残念な限りである
しかし、ペドフィリアは獄中におけるヒエラルキーの最下級の存在であり
他のいかなる犯罪者からも徹底的に忌み嫌われる立場であるので、こうなることは避けられなかったのかもしれない

なお現地では、メルボルンカップ・デーに殺害されたことから、カイリー・メイベリーのことを
「カップ・デイ・ガール」と呼ばれることもあるらしい



お付き合いありがとうございました
さて、スレ完走しますがどうしましょうか
999名無しさん@おーぷん :2017/10/18(水)04:53:29 ID:W33
再開したら解決事件やね

続けてほしいなぁって思ってるで
1000名無しさん@おーぷん :2017/10/18(水)07:17:00 ID:J6q
海外はむごいの多いな
1000 : Over Thread
このスレッドは1000を超えました。
もう書けないので、新しいスレッドを立ててくださいです。。。
※スレ主は1005まで投稿できるよ。次スレ誘導とかに使ってね


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三大未解決事件「長岡京殺人事件」「トイレの中に死体」