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三大未解決事件「長岡京殺人事件」「トイレの中に死体」

1名無しさん@おーぷん:2017/07/20(木)20:41:40 ID:vOR()
あと一つは?
895名無しさん@おーぷん :2017/09/11(月)05:35:41 ID:c5a
  アリス・マッケンジー



アリス・マッケンジーは1849年のいつ頃かに生まれ、1874年にロンドンのイーストエンドに居着いたらしい
9年後の1883年に内縁の夫ジョン・マコーマックと居を共にしたという
ジョンは衣服店の配達人として生計を立てる一方、アリスは洗濯婦や掃除婦として働いていた…
というのは表向きの話で、彼女が実際にしていたのは売春婦であったらしい
またもや売春婦である
もう幸の薄い将来しか見えない
ともかくこの未婚の夫妻はちょくちょく別れては縁りを戻してを繰り返し、イーストエンドのドヤを転々としていたようである

そんなアリスが遺体となって発見されたのは1888年7月17日のことだった
当時の目撃証言などがかなり細かく残されている


1889年7月16日
午後4時
内縁の夫ジョン・マコーマックは朝早くからの仕事を終えてスピタルフィールズのガン・ストリートにある
自宅となっているドヤに帰宅し、酒をかっ食らってベッドに入った
その時ジョンはアリスに家賃として金を渡している(が、それは大家であるライダー夫妻に支払われていなかった)

午後7時10分
新聞によれば、アリスはジョージ・ディクソン(またはディスコン)という名の目の不自由な少年を連れて
王立ケンブリッジ音楽ホールに向かっている
のちにジョージが証言したところによれば、アリスは知らない男と話しており
アリスが「何か飲み物買って来ようかしら」と男に尋ねたのに対し、男は「ああ」と答えたのを聞いていたそうである
その後アリスはジョージを家まで送り届けた

午後8時半
大家ライダー夫妻の妻エリザベス・ライダーはアリスと自宅で会った
アリスは多かれ少なかれ酔っぱらっていたとエリザベスは語っている
エリザベスによれば、その後アリスは内縁の夫ジョン・マコーマックと口論になって家を出て行ったようだ

午後11時
ジョン・マコーマックは部屋から顔を出し、階段を下って大家のエリザベスとすれ違ったところ
アリスはまだ家賃を払っていないと聞かされた

午後11時40分
アリスの友人マーガレット・フランクリンが2人の知人と階段縁(この階段の場所には諸説あるが
イーストエンドのブリックレーン界隈らしい)に座って屯っていると、アリスが急ぎ足でホワイトチャペル方面に通り過ぎていったという
マーガレットはアリスに「どうしてそんな急いでるの」と尋ねると
アリスは「構わないで、止まってる訳にいかないのよ」とせかせかした様子で答えている
マーガレットらはその時のアリスの姿を「帽子は被っていないが肩からショールをかけていた」と証言している
896名無しさん@おーぷん :2017/09/11(月)05:36:20 ID:c5a
7月17日
0時15分
警官ジョゼフ・アレンがホワイトチャペル・ハイストリートとキャッスルアレイ(小道)の合流点の街灯の下で
夜食休憩のために一服していた
アレンによれば、この時キャッスルアレイ通りに人は誰もいなかった
その5分後、別の警官らしき人物がキャッスルアレイに入っていったのをアレンが目撃している

0時20分
警官ウォルター・アンドリューズがキャッスルアレイ通りに入っていった
ジョゼフ・アレンが目撃した警官というのは恐らくウォルターのことと思われる
ウォルターは3分ほどでキャッスルアレイ通りから出て来たが、その間この通りで不審な人物や物を見かけなかったという

0時25分
ホワイトチャペル「浴場&洗濯屋」の代理人だったサラ・スミスが寝床に入って読書をし始めた時
キャッスルアレイ通りを見渡せる窓の外から警官が鳴らすような笛が鳴る音が聞こえたように感じた、と証言している

0時45分
雨が降り始めた

0時50分
警官ウォルター・アンドリューズは自分のパトロール担当地域であるキャッスルアレイ通りに戻って来た
この時ウォルターは舗装路の上に女性が横たわっているのを発見した
頭は縁戚の方を向いており、足は建物の壁に向かっていた
左首の2箇所の刺し傷から血が流れ出ており、彼女のスカートは捲り上げられていた
腹部の方にまで血が流れており、パッと見では腹がズタズタにされているように見えた

遺体の下の道路部分はまだ乾いており、これは5分前に雨が降り始める以前に遺体がこの場所にあったことを示していた
ウォルターが0時23分過ぎにキャッスルアレイ通りを出た時にはまだこの遺体はなかったので
20分程度の間にこの女性の遺体が置かれた、またはこの場所で殺害されたことを意味している
あと変わったことと言えば、この女性が左右非対称のストッキングを穿いていたことだった

1時10分
連絡を受けた捜査官エドムンド・リード(マーサ・タブラム事件>>890にも出て来た刑事)が到着
この時点でまだ女性の遺体から血が流れ続けていたが、2分後に検死官ジョージ・フィリップス医師が到着した時には
血は凝固し始めていた

その後、間もなくこの女性がアリス・マッケンジーであると判明した次第である
897名無しさん@おーぷん :2017/09/11(月)05:36:49 ID:c5a
検死によれば、死因は頚動脈損傷に伴う失血死で、2度繰り返し刺されたことによる
胸には痣があり、左腹部にも5箇所の痣または印状になった部分が確認された
首を傷つけられたのはアリスが地面に組み敷かれた状態の時であろうこともわかった
左胸からへそにかけて、深くはないが20cmほどの長さの傷も見つかっている
7箇所か8箇所の引っかき傷がへそから下腹部にかけて残されていた
恥丘も僅かに傷つけられていた

ジョージ・フィリップ医師は、この犯行を解剖学的知識がなければ為せない犯罪だと考えていた
どこかで聞いたようなフレーズであるなあ
左首の傷はジャック正犯の「カノニカル・ファイブ」と一致する特徴であったが、ジャックの5人はズタズタに切り裂かれている
アリスは血を噴き出し失血死したものの、切り刻まれる所まではいっていない
左側に集中して傷が残っているところから、犯罪者は片手でアリスの体を押さえつけ
もう一方の手でアリスの首に致命傷を与えたらしいと推測された

一見、「カノニカル・ファイブ」に対する犯行と類似しており、ジャックの仕業と見えなくも内
ところがアリスの腹の傷は腹腔にも筋肉にも到達しない程度の深さだった
また、アリスの遺体の傷の付き方から犯人は左利きと推測されたが、ジャックは右利きと考えられていたらしく
この部分でも相違が見られる
アリスを傷つけたと思われる刃物は、ジャックが使用したと思われるものより小さいであろうことも推測された
以上の所見からジョージ・フィリップは、アリス殺害はジャック・ザ・リパーによるものではない、と主張した

一方、トーマス・ボンド医師はジョージ・フィリップの意見に与さない
やはりこのやり方はジャックと共通するものだとしている
外科知識の必要性、首の傷の付き方、大きさはともかく刃物を使った犯行など、ジャックによる一連の犯行に違いないと考えたのである

結局検死法廷の結果、「1人または複数人による殺人事件」という未解決事件お決まりの文言で表されることになったこの事件は
公式にはジャックによるものであるかどうかについて肯定も否定もしていない

一応容疑者らしき男がいるにはいた
ウィリアム・ウォーレス・ブロディなる男が、ホワイトチャペルのいくつかの事件は俺がやった俺がやったと警察に供述していた
しかし、この男に精神異常の様子が見られて警察は意気消沈
個人照会をしたところ、この男は1888年9月6日から1889年7月15日まで南アフリカにいたことが確認された
嘘っぱちであることが判明し、ウィリアムは殺人ではなく偽証容疑で逮捕された

そんな訳で、アリス・マッケンジー殺害事件も一連のホワイトチャペル殺人、切り裂きジャック事件などと同様
現在に至るまで未解決である
リパロロジストらの見解も一致してないようだ
898名無しさん@おーぷん :2017/09/12(火)00:17:43 ID:CWV
これもきっとおためしやろ(適当)
解剖学的知識はロンドンで生きるのに必須やったんやな!
899名無しさん@おーぷん :2017/09/12(火)05:03:10 ID:ZdU
  フランセズ・コールズ



ロンドンの人々にとって、切り裂きジャックやホワイトチャペル連続殺人のことは
過去のものとして徐々に記憶が薄れていった頃かもしれない
そんな1891年2月13日、売春婦フランセズ・コールズ(1859年生まれ説と1865年生まれ説がある)の殺害遺体が発見された
またしても売春婦、ロンドンにジャックの記憶が蘇った

その日の午前2時15分過ぎ、警官アーネスト・トンプソンがホワイトチャペルの鉄道ガード下アーチで
襲撃されて間もないフランセズを発見した
喉元を少なくとも2回、刃物のようなもので掻き切られており
犯人によって地面に叩きつけられた際に後頭部にも傷を負っていたが
致命傷は喉を切られた2つ以上の傷だった
それ以外にバラバラにしようとしたであろう形跡は認められなかった



足取りはこうだったらしい

1891年2月12日
午後7時半
フランセズはホワイトチャペルの北1kmほどにあるベスナル・グリーン地区の婦人帽子屋に行き、帽子を購入している
帽子を彼女に売った店員ピーター・ホークスがのちに語った所によれば、彼女はその時酔っぱらっていたとのことである

午後9時~11時
特定は出来ないがこの2時間のうちに、フランセズは元内縁の夫ジェイムズ・サドラーと口論をしている
その口論ののち、フランセズとジェイムズは別々にわかれて移動しているのが確認されている
ジェイムズはその時のことを「強盗に遭ったのだ」と主張し、「フランセズが落ち込んでる自分を励まそうとして口論みたいになったのだと思う」
と語っている
実際のところは、ジェイムズは女1人と男2人の集団に襲われて強盗にあったらしい


午後11時半
この時間、フランセズはスピタルフィールズにあるドヤの自室に帰宅し酒をかっ食らっている
売春婦と酒が密接に絡む事件が多いなあ
恐らく酒でも飲まなきゃやってられん商売なんだろう
そしてフランセズは台所の椅子で腕まくらをし一服するうちに眠りに落ちた
そうこうしているとジェイムズ・サドラーが血まみれになって、カッカした様子で帰ってきて
「強盗に遭った、誰がやったかわかったらボコボコにしてやるのに!」と捲くし立てた
ドヤの守衛であったチャールズ・ガイヴァーは血を洗い流すのを手伝おうかとジェイムズに申し出ているが
彼はその申し出を断っている
900名無しさん@おーぷん :2017/09/12(火)05:04:06 ID:ZdU
2月13日
0時
ジェイムズはフランセズの部屋をあとにした
フランセズは台所の椅子の所にいるままである

0時半
フランセズ目覚める
同じドヤに住むサミュエル・ハリスの証言によれば、目覚めたフランセズはこの時間に自室を発っている
しかし、前述の守衛チャールズ・ガイヴァーはフランセズが自室を離れた時刻を午前1時30分~1時45分の間であると主張し
証言にバラつきがある

1時半
飲食店で従業員ジョゼフ・ハスウェルはフランセズにマトンとパンの注文を受けている
その時彼女はひとりで食事をしていたという
時間も遅かったからか、ジョゼフはフランセズにそろそろお店を出られた方が、と促したが
フランセズはそれを拒み「ほっといてよ!」と毒づいている
結局1時45分ごろにフランセズは退店している

1時45分
ホワイトチャペル西のコマーシャルストリートで、フランセズは売春婦仲間のエレン・キャラナとバッタリ出くわした
そのとき、「ハンチング帽を被ったヤバそうな男」がエレンに近付き同伴を求めてきた
エレンは男の申し出を断ったところ、男はエレンの顔面にパンチを食らわせ目の周りに痣を与えた
続けざまに男はフランセズに歩み寄り同伴を求めた
殴られたエレンは当然フランセズに付いて行ってはダメと忠告したのだが、フランセズはそれを聞き入れず
男と一緒にその場を去ってしまった

1時50分
この頃ジェイムズ・サドラーは2日前に叩き出された勤め先の港湾労働者と
勤め先に戻らせろという理由でケンカをしていた
殴りあった際に頭から血を流し、その状態でドヤに泊まろうとしたため、ドヤから宿泊を断られている

2時
ジェイムズは血を流し酔っぱらった状態で舗装路に寝そべっていたところを
サージャント・エドワーズに目撃されている

2時~2時12分
カーメン・(通称「ジャンボ」)・フライデイとその2人の兄弟は、ホワイトチャペル南西部の鉄道ガード下を通り抜けようとしていた
ホワイトチャペル全体はそういう若干いかがわしい場所であるので、男と女が2人でいることもありふれた光景だった
弟ナプトン・フライデイはこのカップルに「Good Night」と冷やかした様子で声をかけたのだが、返事はなかった
のちにジャンボが語った証言によれば、男は船舶ボイラーマンのように見え、女はボンネット帽をかぶっていたということである

2時15分
巡邏中の警官アーネスト・トンプソンは、先ほどフライデイ兄弟がいたすぐ近くのマンセルストリート入口付近で
誰かがずらかろうとするような足音を聞いた
駆けつけてみると、そこには喉から血を流し倒れている女性の姿があった
この時点ではまだ女性に息があった(間もなく死亡する)
規定では警官は現場から離れてはいけないらしかったのだが、足音の人物が怪しい!そう思ったアーネストは
足音の人物を追いかけに行ってしまった
901名無しさん@おーぷん :2017/09/12(火)05:05:33 ID:ZdU
2時25分
アーネストの助っ人として警官フレデリック・ハイドが、続いて私服刑事のジョージ・エリオットがやってきた
2人は地元医師のフレデリック・オクスリーを呼んで急いで対応に当たらせた

3時
ジェイムズ・サドラーがドヤの自室に帰宅
ラトクリフ街道(1811年に2件の大量殺人が起きたあのラトクリフ街道)には強盗に遭った際の血痕が残っていた
ドヤ管理代行のサラ・フレミングはベロベロに酔っぱらってまともに立ち喋りできないジェイムズを叩き出そうとした
ジェイムズは「あんたは何て酷い人だ…俺は強盗に遭って金も持ち物も根こそぎ取られたってのに」と抗議している

5時
ジェイムズが病院に行く

のちに被害女性がフランセズ・コールズであると判明した
902名無しさん@おーぷん :2017/09/12(火)05:07:18 ID:ZdU
検死担当のジョージ・フィリップ医師は
 まず最初にフランセズは地面に叩きつけられた
 殺人者はフランセズの顎から後頭部を左手で押さえつけ、右手の鈍い刃物で3度喉を掻き切った
と考えた
地元医師フレデリック・オクスリーの所見は2度喉を掻き切られた、としている
遺体の着衣は乱された様子はなく、遺体をバラバラにしようとした形跡も認められなかった
またジョージ・フィリップ医師は、このたびの殺人者には外科的技術の痕跡が認められない、としている

まず最初に容疑者として上がったのが、元内縁の夫で現在も同居したり離れたりを繰り返しているジェイムズ・サドラーである
少なからず「ジャンボ」・フライデイの証言によるところもあったのだろう、ジェイムズの身柄確保に警察は喜んだ
それどころか、ジェイムズがジャックか否かというところにまで色めきたった
とりあえず2月16日にフランセズ・コールズ殺害の罪状でジェイムズ・サドラーは起訴された


しかし、「ジャンボ」・フライデイが2月13日午前2時ごろに見たカップルの正体が判明する
ケイト・マカーシーとトーマス・ファウルズという単なる友人同士であった
ジャンボの目撃したカップルがフランセズでもジェイムズでもなかったことで、この証言の信憑性が薄れた
また、犯行があったと思われる午前2時過ぎ頃、ジェイムズは明らかに酔っぱらっていた
これは2時のサージャント・エドワーズ、3時のサラ・フレミングの証言からも明らかである
これだけ酔っぱらっていては、凶器と思しき鈍い刃物で女性を殺害するなど凡そありえない話だった

結局、「1人または複数人による殺人事件」お決まりの表現が2月27日に発表され
その4日後にジェイムズ・サドラーは釈放された
スコットランドヤードの捜査官はそれでもジェイムズを疑っていたという
のちのちまでジェイムズの身辺捜査を続けていたというからちょっとどうかと思う


さて、フランセズはジャックの犠牲者なのか?
切れの悪い刃物が凶器であり、下腹部や胴体を切り裂こうとした形跡がない
着衣も乱されていない
そもそも、「カノニカル・ファイブ」最後のメアリー・ケリーから2年半近く経っている
ジャックのような短期間に5人を連続で殺害した猟奇殺人者が、2年半もの間何もせず我慢していられるのか?
こうした理由から、現在のリパロロジストらの間では
フランセズ・コールズ事件をジャックの犯行と切り離して考えるのが有力な通説であるという


なお、この事件とは関係ないが、第一発見者のアーネスト・トンプソン警官は
1900年にカフェでのケンカに関する自身の潔白を証明しようとして男に刺し殺されているらしい
903名無しさん@おーぷん :2017/09/12(火)06:52:03 ID:CWV
結構細かくわかってるのになんにもわからんのやなー
904名無しさん@おーぷん :2017/09/13(水)00:53:58 ID:ZQP
  「フェアリー・フェイ」は実在するのか


1887年12月26日というと「カノニカル・ファイブ」の半年以上前、レイナム事件からは半年以上経った時期である
恐らく売春婦だろうとされる「フェアリー・フェイ」なる女性が何者かに刺し殺され
一部の記述ではバラバラにされたらしい

ところが、この「フェアリー・フェイ」について記述をしたのは2名のノンフィクション作家だけであるというのだ
当時の新聞記事に、ロンドンでそのような女性の殺人事件は掲載されていない
警察の記録を調べても、そのような女性の遺体を収容したり事件を捜査したりという事実は残されていなかった
当時のロンドンの死亡記録を調査しても、「サラ・フェイバー」「アリス・ファーバー」「エマ・フェアリー」など
比較的似た名の女性の死亡は確認されたが、いずれも自然死であり事件性は全くなかった
905名無しさん@おーぷん :2017/09/13(水)00:54:23 ID:ZQP
ジャーナリスト、テレンス・ロバートソンが1950年に書き上げたジャック記事がその初出であるらしく
その後、トム・カレンというライターが「フェアリー・フェイ」について触れたのが2例目にして最後であるらしいのだが
その文章の内容はテレンスが書いたものを踏襲しており、恐らくはそれを参考に記述したであろうと推測される
ただし、所々で仰々しい表現になっていたりする
「バラバラにされた」くだりが記されているのはトム・カレンの文章である

てな訳で、現在のリパロロジストの総意は「フェアリー・フェイは実在しない」という見解が支配的である
906名無しさん@おーぷん :2017/09/13(水)01:01:46 ID:ZQP
880年代前後のロンドンのジャック・ジャック類似未解決事件年表

  1873/09/05 バタシー・ミステリー  >>880
  1874/06/   パトニー地区で別の女性の胴体発見    >>880
  1883/04/03 エマ・スミス事件 >>885
  1884/10/23 トッテナムコートロード・ミステリー  >>882
  1884/12/09 モーニントンクレセントで別の女性のものと思われる右腕と両足発見 >>883
  1887/05/   この月から翌月にかけてレイナム・ミステリー >>871
( 1887/12/26 「フェアリー・フェイ」事件、但し実在しない可能盛大 >>904 )
  1888/02/25 アニー・ミルウッド事件、3/21に死亡 >>887
  1888/08/07 マーサ・タブラム事件 >>889
907名無しさん@おーぷん :2017/09/13(水)01:04:52 ID:ZQP
①1888/08/31 メアリー・アン・ニコルズ殺害
②1888/09/08 アニー・チャップマン殺害
  1888/09/11 ホワイトホール・ミステリー >>873
③1888/09/30 エリザベス・ストラウド殺害
④.        同日キャサリン・エドウズ殺害
  1888/10/02 ホワイトホールミステリー続き(スコットランドヤード庁舎建設地で胴体発見 >>873 )
⑤1888/11/09 メアリー・ケリー殺害
  1888/12/20 ローズ・ミレット事件(事故?) >>892
  1889/06/04 エリザベス・ジャクソン事件 >>876
  1889/07/17 アリス・マッケンジー事件 >>895
  1889/09/10 ピンチン通り事件 >>878
  1891/02/13 フランセズ・コールズ事件 >>899

年月日の前の数字は、確実にジャックによるとされる犠牲者(カノニカル・ファイブ)
908名無しさん@おーぷん :2017/09/13(水)03:27:16 ID:LTh
都市伝説的な殺人事件なんやな

えっ、なにこの前後の謎の事件率は…
唯の殺人事件ならまだしも変なの多いからそら現場も混乱するわ
909名無しさん@おーぷん :2017/09/14(木)04:30:46 ID:87q
  キャリー・ブラウン



古今東西、流行事に触発される人間は少なくない
それは犯罪でも同様で、大きな犯罪や話題になる事件がおきると
それに感化されてコピーキャット犯罪(模倣犯)を引き起こすアホがいる
切り裂きジャックで言えば、1894~97年の間に少なくとも11件のバラバラ殺人を行った「フレンチリッパー」ジョゼフ・ヴァシェ
1898年~1901年にかけて4人を殺害した「マッド・カーペンター」ルードウィヒ・テスノウなどがそれである


1891年4月24日、場所はアメリカ・ニューヨークのマンハッタン島南部ボワリー地区の安宿で
売春婦キャリー・ブラウン(57)が酷くバラバラにされた遺体で見つかった
57歳で売春婦ってのも凄いなあと思うが、それはさておいて、どこかで聞いたような「売春婦が」「殺されバラバラにされる」
そうなると、当地の新聞が素早く書きたてるのも道理である
「切り裂きジャック、アメリカに到来か?」と

メアリー・ケリーの事件から2年半、もちろんアメリカでも海を隔てたイギリスの「ジャック」は既に有名な存在であり
ニューヨーク市警察の捜査責任者であるトーマス・バーンズが、切り裂きジャックを捕まえられないロンドン警視庁を批判した直後だったので
ジャックがニューヨーク市警察に挑戦状を叩きつけたのではないか、と話題になったほどである


こんな話題になったからか、警察に逮捕せねばと重圧がのし掛かる
そして重圧を撥ね退けるように、アルジェリア人アミーア・ベン・アリをキャリー殺害容疑で逮捕した
しかし逮捕のための証拠の大部分は、状況証拠と、殺害現場からベン・アリの部屋の間に落ちていた血痕に依存していたのである
血痕が落ちていれば犯人は決まり、と言いたいところだが、当時は人間の血と動物のそれを見分ける技術すらなかった
何の血だかわからないのである
それどころか、報告書にはそんな血痕など落ちてはいなかった、と記されている
これが本当なら証拠捏造である

裁判では、誰の血であるか判別できないにもかかわらず医者が証言したことによって
ベン・アリは第2級殺人で終身刑の判決を言い渡された
もちろん、ベン・アリ本人は無罪を主張していたのに、である

こんなメチャクチャな裁判であったので、即座に批判の声が上がった
ベン・アリの支援者は、ニューヨーク市警察が殺害現場の部屋の鍵を探そうともせず
また殺害当時の目撃者探しすらしようとしなかったことを証明してみせた
910名無しさん@おーぷん :2017/09/14(木)04:31:14 ID:87q
数年後、ニュージャージーの農場の男が警察に通報してきた
タンスの引き出しから鍵と血まみれのシャツが見つかったというのだが
調査の結果、その鍵はキャリー・ブラウンが殺害された部屋の鍵であることが確認され
血まみれのシャツは恐らくキャリー殺害のときに容疑者が着用していたのだろうと推測された
このタンスというのがある男に貸していた物だったのだが
男はキャリー殺害のすぐあとの時期にどこかに姿をくらましたのだという
もちろんその男はベン・アリではない
警察が用意した証拠の信頼性は俄に崩れ去り、報告書の「血痕が落ちていなかった」の方の信憑性が高まる
証拠捏造の疑い濃厚で、責任者だったトーマス・バーンズは更迭された
11年の服役を経て晴れて釈放されたベン・アリは、間もなく故国アルジェリアに帰ったと伝わる

さて、マスコミなどの突き上げにより強引な捜査を余儀なくされた(といってもニューヨーク警察の自業自得なのだが)結果
真犯人を野放しにする羽目となり、キャリー・ブラウン殺人事件は今に至るまで未解決のままである



作家フィリップ・サグデンは、当時アメリカにいたイギリスの毒殺者ジョージ・チャップマンがこの事件の容疑者ではないかと推測する
チャップマンといえば切り裂きジャックの候補の1人である
しかし、毒殺者がバラバラ殺人をしたという例がほとんどなく、ジャック候補としても可能性は低い
もちろん、ジャック候補の1人がキャリー殺害の時点でアメリカにいたというに過ぎない

また作家ジェイムズ・テュリーは、これまたジャック候補のジェイムズ・ケリーがキャリー殺害の容疑者だと主張する
このジェイムズ・ケリーは1883年に妻を切りつけて殺害し、精神異常と判断されブロードムア精神病院に叩きこまれた男である
切り裂きジャック暗躍直前にブロードムアから脱走しており、これがジャック候補とされる所以である

どうでもいいがジャックから離れろよ、と思う
911名無しさん@おーぷん :2017/09/14(木)06:56:59 ID:PpL
かいがいでジャックに縛られてどうすんねん!
捜査雑やな…ブーメランやし
912名無しさん@おーぷん :2017/09/14(木)13:20:26 ID:a8k
当時ジャック、こういう報道とか見て
またワイ晒されとるやんwwwとかしとったんかな
913名無しさん@おーぷん :2017/09/15(金)03:22:29 ID:ZF5
半月ぶりにジャックから離れた話題



  キュリッキ・サーリ事件


フィンランドで最も有名な未解決殺人事件は1960年に起きた「ボドム湖殺人事件」で
今世紀に入ってからも、容疑者逮捕→裁判→無罪確定、と今なお国民の耳目を集めている
これに並ぶほどの未解決事件としてフィンランド国民が今でもその犯人を推理しようと躍起になっているのが
1953年に起きた女性キュリッキ・サーリ(17)殺人事件である


フィンランド南西部ボスニア湾から10kmほど内陸に入ったイソヨキ地区でその事件は起きた
1953年5月17日のこと、キュリッキは教会の祈祷会に出席するため自転車で家を出て、そのまま帰ってくることはなった
性犯罪者に襲撃され、その行為の末に殺害されたのだろうと推測されたが
何しろ彼女の消息がわからない状態ではそんな説の証拠も何もあったもんじゃなく
単に数ある説の1つ似すぎなかった

同年10月11日、フィンランドの冬は早いが、そんな寒さが身に染みる季節の湿地から
キュリッキの遺体が発見された
状況から見て、左利きの人間に殺害された、または捨てられたらしいことがわかった
湿地の別の場所から彼女の自転車も見つかっている
よほどフィンランド国内に衝撃を与えた事件だったのだろう、彼女の告別式には25000人が出席したというから
国民葬といっても過言ではない



容疑者もいるにはいるが、いずれも決め手に欠けている

1911年生まれのカウコ・カネルヴォという男が最重要参考人だった
牧師だったカウコは、事件の3週間前にイソヨキから南西に60km離れた海沿いの街メリカルヴィアに移ってきた
捜査の結果、キュリッキ失踪当日、カウコは地区の主席司祭就任パーティーに出席し、夜遅くまで牧師館で過ごしていたことがわかった
カウコがこの日自由だった時間はたった20分であることもわかった
僅か20分という短時間で60km離れたイソヨキに行って帰って来ることは不可能、まして彼は運転免許を持っていなかったのである
そんな訳で彼が容疑者である可能性はほぼない
914名無しさん@おーぷん :2017/09/15(金)03:23:00 ID:ZF5
1923年生まれのハンス・アスマンはドイツからフィンランドにやってきた移民である
一説にはこの男は悪名高きソ連KGB所属のスパイだったともされるが
とにかく1950年代~60年代にフィンランドに住んでいたのは間違いない
彼の妻の通報によれば、ハンスとハンス付きの運転手は事件当日イソヨキ地区にいたというのである
ハンスは明るい茶色のオペル車を所有していたのだが、当日事件現場付近で同じ色のオペル車を複数人が目撃している

時代はずっと下って1997年、ハンスは自分の生涯を警察官マティ・パロアロに余すことなく打ち明けた
その話の中でキュリッキの事件についても関与を述べている
彼の言ったところでは、キュリッキの死因は運転手が運転してハンスも同乗していた車が
キュリッキを轢いてしまったためだ、というのである
轢いてしまった証拠を隠した結果、殺人者として扱われてしまったとハンスは主張する
余命幾ばくもないことを悟っていたハンスは、これを死の床でマティ警官に語ったのだった

ハンスの妻は警察に次のようにも話している
事件当日、帰宅したハンスは靴下の片方をなくしており、彼の靴も濡れていたという
彼女によれば車の中には凹みもあったらしい
数日後にはハンスと運転手がシャベルを持って車で外出したのも目撃したのだそうだ

実に怪しい
ハンスも左利きだったというから怪しさ倍増である
しかし、彼自身も怪しいが、以上の話が状況証拠になるかすらそれも怪しい
ハンスが死の床で大法螺を吹いただけの可能性もなくはない
彼はこの打ち明け話をした翌年に死亡している

なお、ハンス・アスマンは前述の未解決事件「ボドム湖殺人事件」の容疑者候補の1人でもあるらしい
915名無しさん@おーぷん :2017/09/15(金)03:23:20 ID:ZF5
ヴィフトリ・レフムスヴィタは長らく精神病院に放り込まれていたちょっとアレな人物である
彼は事件があった場所から半径2km以内に住んでいたとされ
1940年代には性犯罪で有罪判決を受けた挙句、精神異常を発症したらしい
警察の尋問を受けると、ヴィフトリは「もうキュリッキは生きちゃいねえ、遺体を見つからないだろう」と供述した
今度こそ犯人確保と思いきや、この男は出した供述をすぐ引っ込めまた出して、そして再び引っ込めると
供述をとるだけでもグッダグダ
共犯と目されていたヴィフトリの親類は隣国スウェーデンに高飛びするし
ヴィフトリから再度供述調書を取ろうと取ろうと思ったら今度はヴィフトリが精神病院に入院
それでも捜査関係者が精神病院で事情聴取を行ったのだが、やはり案の定ヴィフトリの精神状態が悪化
支離滅裂な言動行動を発するに至り、遂にドクターストップがかかってしまった
キュリッキの遺体発見現場から50mの所で働いていたこともあるらしいので
精神異常ではあってもヴィフトリが怪しいことに変わりはないのだが、彼は1967年に死亡している


このように別々の怪しい人物がいるにはいるのだが、容疑者と断定するには決め手を欠く
こんな訳で今なおキュリッキ・サーリ殺人事件は未解決のままである
916名無しさん@おーぷん :2017/09/15(金)17:46:46 ID:v2F
ハンスはボドムに関してはなにもいわなかったんかな
精神障害の逃げっぷりで草
917名無しさん@おーぷん :2017/09/16(土)04:20:47 ID:HNy
本日は小ネタ


  ジャック・ザ・ストリッパー候補


「ジャック・ザ・ストリッパー」の通称でで有名な、「ハマースミス連続全裸殺人」
1964年から65年にかけてロンドンで少なくとも6人の売春婦が次々に殺害され、被害者の共通性から
「ジャック・ザ・リパー」をもじった「ジャック・ザ・ストリッパー」と呼ばれる事件である
イギリスを揺るがした大スパイ事件「プロヒューモ事件(英陸相がハニトラに掛かって情報をソ連に漏洩した事件)」
と関わりがあった可能性のある売春婦が被害者の中に含まれている、という説もあり
そうなると話が大きく膨らんでくる

実際には、捜査の過程で自殺した重要参考人マンゴ・アイルランドによる犯行説が有力であるらしい
しかし、ヨーロッパを広く網羅するイギリスのテレビ局「クライム・アンド・インヴェスティゲーション(犯罪と捜査)」が放映した番組で
興味ある仮設が打ち出された

1921年2月、つまり「ストリッパー事件」から40年以上も前の話であるが、8歳の少女が殺害される事件が起きた
この時逮捕された当時15歳のハロルド・ジョーンズは、一旦は無罪が確定し釈放されたが
同年7月に11歳の少女が殺害された事件で再び容疑者となり逮捕、この際に2月の事件もハロルドの犯行であることが判明した
一事不再理の制度があるので2月の件では裁かれなかったものの、7月の件1件だけで終身刑を言い渡された
この辺りの話は日本語サイトにもいくつか記事があると思う
彼は20年後の1941年に仮釈放され、その後ロンドンに住んでいたらしい
首を絞め殺害するという方法や過剰な暴力を振るった様子がハロルドの2件とストリッパー事件に共通しており
そのほかいくつかの類似点をもって「ハロルド・ジョーンズ=ジャック・ザ・ストリッパー」という仮説に至ったというのである
この説に基づいて本も書かれている
しかし警察は、ハロルドに怪しい行動があった記録はない、としてこの説を一蹴している

ハロルド・ジョーンズの事件は1921年当時イギリスを揺るがした事件で
日本でいえば年齢は違うが「小野悦男事件」を髣髴とさせる流れ(逮捕→無罪→釈放→再逮捕→前の事件も容疑濃厚)だった
小野悦男と違いハロルド・ジョーンズは若かったので再び娑婆の空気を吸うことを許されたのだが
もし40年以上の間隔を開けて再び犯行に及んだとしたら凄い話である

なお、ハロルド・ジョーンズは1971年に死亡している
918名無しさん@おーぷん :2017/09/16(土)16:35:19 ID:xCS
ネタ枠のバネ足ジャック以外は韻を踏むような流れなんやろか

そうだとしたら間隔開けすぎやろなぁ…
他にも被害者いそうやけど
小野悦男は弁護側がね…
919名無しさん@おーぷん :2017/09/17(日)04:45:44 ID:WcX
  レインボウ・マニアック



ブラジルはサンパウロから30kmほどの近郊にあるカラピクイバ
2007年2月から2008年8月にかけて、このカラピクイバにある「パトゥリス公園」で
合計13人が殺害される連続事件が起きた

ブラジルでの事件ということで英語文献も少ないのでよくわからないが
13人のうち12人は頭部への銃撃が致命傷となっており、残りの一人は頭部を鈍器か何かで強打された撲殺であった
そして、12人の銃殺全てが同じ銃を使っていることが弾道・弾丸検査などで判明した

で、なぜ「レインボウ・マニアック」という名前で呼ばれることになったのか
実は、この公園は売春などの名所、とりわけホモの皆さんのハッテン場であったらしいのだ
そして、殺害された13人は20~40歳の男性、そして全てホモ(男の同性愛者)だった
LGBTを示す象徴の色「レインボーカラー」から、ブラジル警察がそう名づけたのだという



ホモの皆さんが狙われたとなるとまず間違いなくホモフォビアによる犯行だろう
カトリックの国ブラジルであれば、拒否反応はより強いと考えられる
その流れかはわからないが、2008年12月に元州警巡査部長ジャイロ・フランシスコ・フランコが逮捕された
2008年8月19日の殺人に関し目撃証言があったのである
目撃者によれば、その日の夜、ジャイロが黒人のホモ男性を12回撃っているのを見たのだと主張する

裁判は2011年8月までかかったというから陪審制では異例の長期といえるだろう
その結果、6人の陪審員は4vs2でジャイロ・フランコを無罪であると評決し、直ちにジャイロは釈放された
目撃証言だけで有罪にすることは難しいので、この結果もむべなるかな
ましてや夜の犯行である、誤認の可能性も十分ある

結局その後容疑者が逮捕されたという話もなく、現在のところ未解決事件のままである
ジャイロが釈放されたのち同公園で類似事件が起きたという話もないらしい
920名無しさん@おーぷん :2017/09/17(日)10:01:24 ID:ZZj
事件名のインパクトが強すぎる
同性愛がらみの殺人ってめんどくさそうやなぁ

パゾリーニみたいなんはまた違うんやろうけど
921名無しさん@おーぷん :2017/09/18(月)03:37:06 ID:pJ9
  クリッシー・ヴェン



1921年2月20日、場所はオーストラリアのタスマニア島北部ノースモットン村
12歳の少女クリッシー・クレア・ヴェンは午後5時ごろにちょっと用事とばかりに家を出て
そして二度と生きて帰ってこれなかった

捜索が行われてもなしのつぶて、そう思っていた3月1日に彼女のバラバラ遺体が発見された
空洞になった切り株の中にあったのが見つかったのだが、それはクリッシーが目的地に歩いていく途中の
まさにその道のすぐ傍にあった切り株だった

ところが、別の記事には別の内容が書かれている
それによれば彼女が殺害されたのは2月26日(前の記事は発見日だがこちらは殺害日)
そして彼女の遺体はバラバラにされておらず、絞殺または窒息殺であったという記述である


記述がバラバラな時点で既に解決に向けて暗雲が垂れ込めてくるわけだが
遺体捜索活動を行っていたうちの一人、ジョージ・ウィリアム・キングが3月8日に逮捕された
手に傷を負っていたのがジョージに容疑かかけられた理由だが、彼はその傷をクリッシー捜索中に負ったものだと釈明していた
ジョージは35歳の元鉱夫にして警察官である男で、クリッシーの母とは知り合いだった
そしてクリッシーはジョージのことを恐れていたらしい、これは地元住民の話によるが
クリッシーはジョージが来るのを見ると藪の中に隠れたというから尋常ではない
彼女が何でそんな行動をとるのかわからん、とジョージは主張している

8月になって裁判が始まったが、手の傷とクリッシーのジョージに対する態度ぐらいしか証拠がない
こんな証拠で有罪にされてはたまったもんではない
恐らく陪審もそう考えたのだろう、ジョージは無罪評決を受け釈放された



他に容疑者がいないわけではない
チャールズ・パートンという男が有力な容疑者として昨今では名前が挙がっているらしい
彼はクリッシーが行方不明になった当日、現場付近にいたのを目撃されている
ジョージ・キングの裁判では弁護側商人としていくつか興味深い話もしていたという
チャールズ・パートンに関してはさらに興味深い話があって、一つは彼が1944年に失踪し二度と姿を見せなかったこと
二つ目はクリッシーの遺体を切り株から発見したのがチャールズの父であるという説があること
三つ目の話は、クリッシー殺害犯はチャールズに違いない、とチャールズの子孫が信じているらしいことである

しかし証拠らしい証拠もなく、クリッシー・ヴェン殺害犯はジョージ・キングでもないのはもちろん
チャールズ・パートンと確定させることも出来ない
そんな訳で、今なお未解決事件として残されたままである
922名無しさん@おーぷん :2017/09/18(月)06:47:56 ID:H5U
1920年代で記述がばらばらなのは駄目みたいですね

子孫に疑われるチャールズ君はどんな人物だったのか
923名無しさん@おーぷん :2017/09/19(火)02:06:10 ID:nRs
今日の事件は地味



  デイヴィッド・オンブラー



妻に先立たれ1人暮らしだった71歳の雑貨商デイヴィッド・オンブラーが頭をかち割られ
息も絶え絶えの状態で見つかったのは1914年5月30日午前8時ごろ
イギリス中部のキングストン・アポン・ハルにある彼の店舗内でのことだった
直ちに彼は病院に搬送されたが、間もなく死亡した

恐らくは物盗りの犯行であろう、濃いグレーの外套、金のアルバートチェーン、銀の懐中時計、財布
などなどが盗まれていた
デイヴィッドの頭蓋骨は前頭部から後頭部方向へ粉砕されていた
その傍らには壊れた火掻き棒が残されており、恐らく正面からこれで殴りつけられたのだろう
そして、現場には抵抗した跡も見受けられた

当日早朝、デイヴィッドが卸売市場に出かけ、そして間もなく戻っていったのを近隣住民が目撃している
この時点ではまだ生きていたことが確定していることになり、午前8時までの短い時間帯に襲撃されたことになる
そしてこれが重要な証言かもしれないのだが、彼の給仕の少女は
朝っぱらからふらふらしている見知らぬ男を店の近くの通りで目撃した、と証言している
浮浪者とかドヤ住民のようなみすぼらしい身なりだったとも伝えられている

警察は懸賞金を出して犯人逮捕に全力を傾けた
しかし、デイヴィッド宅から盗まれた物品がどこかへ売られた形跡がない
盗品から犯人逮捕の足掛かりを掴もうとした警察はここで頓挫した
警察は動員をかけてローラー作戦で調べ回ったが、何かを得ることもできなかった

まずもって犯人の痕跡が少な過ぎる
給仕少女の目撃証言も具体性に乏しい上に、目撃相手が参考人たりうるかどうかすらわからない
盗まれたものは市場に流れていないので足取りもわからない、警察もお手上げである
これではデイヴィッド殺害犯を捕まえることは無理である
100年以上経った現在、なお解決されていないのも致し方ないだろう
イギリスの未解決事件の中でも古い案件に属するが、単なる物盗りによると思われる犯行だからか
英国人にもほとんど知られていないらしいので、殺害されたデイヴィッドが少し気の毒になってくる事件である
924名無しさん@おーぷん :2017/09/19(火)19:14:49 ID:cjl
ほら、強盗殺人はすごい殺され方されないと印象薄いし…
日本でもありがちな普通の未解決事件って感じやな
925名無しさん@おーぷん :2017/09/20(水)03:25:28 ID:uYD
今日は小ネタ


  ピーゼンホール事件…ローズ・ハーセントを殺ったのは誰か



1902年6月1日、イギリスはサフォーク州にあるピーゼンホールでの出来事
住み込みの女中で妊娠6ヶ月だったローズ・ハーセント(23)が何者かに刺し殺されているのが見つかった
ローズは妻子あるウィリアム・ガーディナーと不倫をしていて、それが半ば公然の秘密となってしまっており
殺害されたローズの部屋には密会の約束を記した手紙が残されていた

誰がどうみてもウィリアム・ガーディナーが怪しい
動機はローズのお腹の子、妻子あるウィリアムにとって不倫相手の子は邪魔だったに違いない
さらに遺体を燃やそうとしたのか、現場にはパラフィンの入ったガーディナー家の薬瓶が残っていた
ウィリアムの妻や隣人がアリバイを主張してくれたものの、ウィリアムは逮捕された

裁判ではウィリアムのナイフに血痕が残っていたことが明かされたが
結局この血は人間のものであるか動物のものであるか判別できなかった
弁護士はローズの明け透けな男性関係を白日の下に晒し、ローズのお腹の子がウィリアムの子でない可能性を強調することで
殺害動機がお腹の子であるという検察の主張を崩すことに成功した
陪審は割れに割れ、2度の評決ともにまとまらず、有罪とも無罪とも確定しないままウィリアムは釈放された
(注:釈放されたが無罪が確定した訳ではないので一事不再理の対象ではないらしい)
結局犯人は今なお判明せず、未解決事件となっている

これがピーゼンホール事件の概要である(殺人博物館に詳細あり)



2005年9月17日にイギリスBBCで放映された番組「ジュリアン・フェロウズの捜査:最もミステリアスな殺人事件」
で興味ある説が披露された
これによれば、ローズを殺害したのはウィリアム・ガーディナーの妻だというのである
動機は単純に嫉妬、他所の女にうつつを抜かした夫ではなく若き不倫相手ローズを始末したという
確かに筋は通っている
隣人がウィリアムのアリバイを主張できるのはもちろん、妻も夫のアリバイを主張することで夫婦両者の潔白にも繋がる
薬瓶もナイフの血痕も、ガーディナー家から持ち出したのならウィリアムが犯人である必要はない
密会の約束の手紙など誰でも書ける
この説によれば、もしウィリアムが有罪になってしまっていたら妻が自分の罪を警察に白状しただろう、と推測している

面白い説で説得力もあり矛盾もないが、公式には未解決事件のままである
926名無しさん@おーぷん :2017/09/20(水)17:31:51 ID:yn4
その番組が面白そうやな
なんか推理小説にありがちな感じで草
927名無しさん@おーぷん :2017/09/21(木)06:08:58 ID:f84
  サックスタウン・アックス・マーダーズ



銃による殺人事件を除けば、殺人方法によっては歴史を感じることができる
毒物であれば砒素は古典だし、撲殺であれば火掻き棒を用いるのは暖炉の時代を思わせる
そして、刃物を使う殺人であれば、斧による事件は歴史を感じさせるものが並ぶ
リジー・ボーデン、ヴィリスカ・アックス・マーダーズ、ニューオーリンズのアックスマンなど
未解決の事件も多く挙げることができる


1874年3月19日、イリノイ州ミルスタットにあるサックスタウンでのことである
この小さな田舎町ではドイツ系移民が移住して、細々ではあるが堅実に、そして静かに暮らしていた
この日、街の住民が、近所に住んでいるドイツ系移民ステルツェンリード(またはステルツリード)家の雌牛の乳が
まだ搾られていないことに気付いた
何があったのかとステルツェンリード邸に入ってビックリ、そこには祖父カール(70)、カールの息子フレデリック(35)
フレデリックの妻アンナ(28)、フレデリックとアンナの息子で祖父と同じ名のカール(3)、母と同じ名の娘アンナ(8ヶ月)
この5人が斧で叩き殺されていたのである
邸宅内で生き残っていたのが飼い犬だけだというから酷い状況だった

捜査官が現場にやってきて、1つ気付いたことがあった
ステルツェンリードの家から出て行っている足跡が見つかったのである
これを見ると、どうやらその足跡は鋲で補修したブーツらしい履物の跡であるらしく
かなり独特なものであるだろうことが分かった
さらに、地面には重い斧か何かを引き摺ったようなギザギザの跡も見つかっている
その痕跡を辿っていくと、1マイルほどで途絶えてしまったのだが、そこで血塗れになったタバコの吸殻が見つかっている

そこでこんな推測が成り立った
恐らく犯人はステルツェンリード一家を惨殺した際に自分も手傷を負った
その際に出血した部分をタバコでもって殺菌しようとしたのだろう
当時の民間療法に、傷口からの感染症防止のためにタバコを使って消毒するという方法が存在した



警察はフレデリック・ステルツェンリードの義兄弟であるフレデリック・ベルツのところへ向かった
ベルツはアンナ・ステルツェンリードの姉妹と結婚しており、当時ベルツとフレデリック・ステルツェンリードの間には
200ドルの貸し借りで揉めごとがあったらしいのである
ベルツがステルツェンリードから200ドルを借りてそれを返さなかったというのだ

ベルツはジョン・アフケンなる移動労働者と懇意であったのだが、このジョンはたいそうな大男で力も強く
かつてステルツェンリード家の元で働いていたのだが、その時のことで一家に対して遺恨があったそうである
ジョンはその力を生かして岩をどかしたり木を伐ったりと、とにかく骨の折れる重作業をやってのけた
木を伐るということで、斧使いにも長けていたという
おまけにジョンはキレやすい性質で人々から恐れられていた
あやしいなあ
928名無しさん@おーぷん :2017/09/21(木)06:09:19 ID:f84
一家は3月22日に埋葬された
この頃になると、イリノイはおろか遠くニューヨークでも新聞のトップを飾るニュースになっていた
葬儀と埋葬が終わると、警察は直ちにフレデリック・ベルツとジョン・アフケンを逮捕した
ベルツは逮捕に際してかなり抵抗したが、一方のジョン・アフケンは不気味なほどに感情を表に出さなかった
ジョンは拘留中も黙秘を保ち続けた

4月になって陪審裁判が始まったのだが、何しろ証拠がない
仲違いをしていただの遺恨があっただのという話はあったが、それだけで一家5人殺害の罪を問う証拠にはなるはずもない
タバコもブーツも、ベルツやジョン・アフケンと結びつけることは出来なかったようだ
かくして、陪審は両人の訴追を断念し、2人は直ちに釈放された
それでも警察はベルツの関与を疑い続けていたらしい

実は殺害される2~3日前の3月16日に、フレデリック・ステルツェンリードが信頼できる親しい近隣住民らに
ドイツにいる親戚の相続でかなりまとまった額の遺産を受け取った、と漏らしていた
田舎の地区なのでこういう噂はすぐに広まる
これを聞きつけたベルツが財産目当てに一家皆殺しにした、と警察は考えたのだが
筋は通っているものの肝心の証拠が全くないでは話にならない
のちにベルツはステルツェンリード家の遺産に関し訴訟を起し
幾許かの金を手にしてからサックスタウンの地を去って二度と表舞台に現れることはなかったと伝えられている

一方のジョン・アフケンはこの地に残り続けていたらしいが、時折ふところから高価な金の懐中時計を取り出していたらしい
どこでそんな高価なものを手に入れたんだい、と問われるとジョンは何も言わずただ微笑んでいたというから怖い話である

主がいなくなったステルツェンリードの邸宅は別の人物が購入したらしいが
その人物によれば、「信じられない話だが幽霊が出るんだよ」だそうである
1954年に建物は取り壊された

結局の所、怪しいのはフレデリック・ベルツとジョン・アフケンであるが
直接的な証拠が全くない以上、140年以上経った現在でも未解決のままであることは致し方ないところだろう
929名無しさん@おーぷん :2017/09/21(木)06:40:31 ID:Di2
ジョンの態度で怪しさが半端ないですね…
930名無しさん@おーぷん :2017/09/22(金)00:59:50 ID:mMR
英語サイトで事件探しをしていて見つけた文章
Being followed. Please help. This guy is a bad guy.
931名無しさん@おーぷん :2017/09/22(金)04:37:13 ID:mMR
今日は小ネタ


  ジル・ザ・リッパー



誰が「切り裂きジャック」を男と決めた?
鋭い刃物で相手をバラバラにする残忍な殺人方法は普通、男がするものであると相場が決まっていると思われている
ただ刺し殺すだけなら非力な女にも可能だが、それをバラすとなると重労働で、男の力が必要と考えられるからである

しかしそれにしても、いとも簡単に売春婦が殺害され続けている
こんな事件が続いた日には、男を見ればちったぁ警戒しそうなもんだがその形跡がない
商売柄、男を警戒していては売春婦の商売上がったりだから、いちいち男を警戒している場合ではないのだろうが
「売春婦が殺人鬼を警戒しないのは、その殺人鬼が女だからではないか」という説も持ち上がったりした
血みどろになっていてもちっとも怪しまれない産婆が容疑者なのではないか、という説すら存在した

女がジャックはねぇだろうって話で、「切り裂き魔=女」説の場合「ジル・ザ・リッパー(切り裂きジル)」と一般的には呼ばれるが
この説は基本的には与太話のレベルで主流派ではない
しかし、何人か容疑者候補として興味深い名前が挙がっている
932名無しさん@おーぷん :2017/09/22(金)04:37:45 ID:mMR
メアリー・ピアシー
切り裂き魔がジルであった場合の最有力候補
メアリーはある男と不倫していたのだが、自分がその男の妻になりたいと思い
1890年に不倫相手の妻子を殺害した
その際に妻の方は鋭い刃物で喉を掻き切られて殺害されていたので、「刃物=リッパー」として名前が挙げられることになった

リジー・ハリデイ
アイルランド系アメリカ人で1880年代に夫が次々死ぬという、極めつけの怪しいエピソードを持っている
保険金詐取をしようとして放火で捕まりムショに送られ、出獄後にまた家を焼いたが精神異常と認定され訴追を免れた
1893年にはまたも家を焼いてその際に息子が死亡、放火容疑で逮捕後精神病院に送られたが間もなく釈放されている
その後女性2名の射殺遺体が出るわ、バラバラにされたリジーの夫の遺体が出るわでまたまた逮捕された
裁判の結果、女性初の「電気椅子処刑」判決の栄誉に預かったのだが、精神異常ということで終身精神病院留置に変更
精神病院でも看護婦を1人刺し殺している
当時「地球上最悪の女」とまで呼ばれ、刺し殺したり遺体をバラしたりという点でリッパーとの共通点を疑われているのだが
ジャック暗躍の1888年頃にリジーがイギリスにいた形跡はないらしい

コンスタンス・ケント
16歳だった1860年に4歳の異母弟を刃物で殺害した挙句バラバラに近い状態にしたとされる
5年後に教会で犯罪を告白し死刑判決を受けたがのち終身刑に減刑され、1885年に釈放された
刃物を使った事件ということでリッパーと共通点があるが、最近の説ではコンスタンスは身代わりとして犯人になったらしいという
実行犯もしくは主犯は、コンスタンスの弟で当時15歳だったウィリアムであった可能性が指摘されている
ちなみにウィリアムはのちに著名な海洋学者として名を成した
コンスタンスは1886年前半にオーストラリアに移住しているので、ジル・ザ・リッパーである可能性はほぼない
なお彼女は移住先で100歳まで生きたという

ヘレナ・ブラヴァツキ
オカルティストで降霊術師
アメリカ→インドと渡り、インドでは詐欺師呼ばわりされ1887年にイギリスにやって来た
翌年にジャックの事件が起きるのだが、当時彼女は57歳
体力的にリッパー犯罪をするのは難しく、神秘主義に関する著作活動で忙しかったので人を殺している時間があったかは疑問
やってることがオカルトなので毀誉褒貶が激しい人物ではあるが、犯罪と関わった履歴はないので
恐らくジル・ザ・リッパーではない



名前が挙がった幾人かを見ても、ただ刃物を使ったに過ぎない人物ばかりで
ヘレナ・ブラヴァツキにいたっては殺人鬼呼ばわりされる謂れすらない
メアリー・ピアシーの殺人は動機がはっきりしておりジャックとは大きく異なっている
リジー・ハリデイとコンスタンス・ケントは当時イギリスにいなかった
リッパーがジルである可能性は0ではないかもしれないが、ここに挙げられた4人では恐らくないだろう
933名無しさん@おーぷん :2017/09/22(金)04:48:40 ID:Set
容疑者が弱すぎて無理やろなぁって感じがするな…
でも面白い説やな
934名無しさん@おーぷん :2017/09/22(金)11:56:45 ID:C9F
遺体遺棄の観点だと日本ではバラバラは女性が犯人って多くないか?
ジャック女説もありそうだよね
同じ売春婦が犯人だったとか
935名無しさん@おーぷん :2017/09/23(土)04:37:47 ID:O40
  マオマ・ライディングス


1943年8月28日夜8時ごろのことである
アメリカはインディアナ州インディアナポリス市のクレイプール・ホテルのスイートルームに入っていった客室係は
そこで女伍長マオマ・ライディングス(33)の遺体を見つけてしまった
彼女は第2時大戦中に結成された「婦人陸軍部隊」の同州アターベリー・キャンプで
軍の理学療法士を務めていた
彼女はこの日非番で、まさに事件当日の28日夜にはデートをする予定もあったのだという

早くからセンセーショナルな記事が踊る時は不正確な内容であることが多く
今回の件も当初は「見つかった遺体は半裸の状態で犯された形跡があり、刃物で滅多切りにされていた」と報じられたが
のちに「軍の制服上下にストッキングを着用しており、下着もスリップを着用していた状態」と話が変わっている
大袈裟に書いた方が売れる記事になるからだろうが酷い話だ
しかし、何かで殴られたうえ刃物で切り裂かれていたのは本当だった
彼女の頭の付近には血だまりが残されていたのである
部屋からは割れたウイスキーボトルが見つかった
おそらく犯人はこれでマオマを殴ったのだろう
ちなみにこのウイスキーはマオマ自身が購入したことが分かっている

この日午後6時半ごろ、マオマと同じアタベリーキャンプ所属の軍伍長エマニュエル・フィッシャーは
クレイプールホテルのロビーからマオマの部屋に呼び出しをかけている
この時彼女からの返事はなかった、とのちにエマニュエルは警察に供述している

数日間の各所への聞き込みの結果、8月28日午後5時ごろ、つまりマオマの遺体発見から3時間ほど前に
「黒い服を着た濃い色の髪の女」と一緒にいたという目撃証言が得られた
それとは別に、ホテルのベルボーイが事情聴取のため長々と拘留されたが
こちらは犯行との繋がりはなく釈放されている



マオマ・ライディングとは如何なる女性か
1910年に名門家庭生まれた彼女は時節柄「愛国心溢れる女性」であったとされている
そして大変魅力的であったがバツイチ女性だったのだそうだ
ちなみに元夫も兵隊であるが、彼は事件当時海外に派遣されていたので、本件に関しては完全にシロである
彼女は長じてからはウォームスプリング小児麻痺財団で療法士として働いていたのだが
この時の患者にのちの大統領フランクリン・ルーズヴェルトもいたという
事件後にルーズヴェルトが語ったとされる話では「彼女はお気に入りの看護士だったよ」とのことである



話を事件後の時期に戻すと、とにかく当時の新聞を騒がせた事件であるらしい
「デンマーク艦隊がナチス海軍と海戦」「ナチスが南ロシアで敗北」「連合国軍イタリアに上陸」
などという欧州戦線の記事に並んでマオマ・ライディング殺人事件が見出しを飾っていたというから
人々の注目の度合いもよく分かる

しかしながら人々の興味が集まっていたものの、肝心の証言は集まらなかった
米軍も警察の捜査に対し非常に協力的であったが、それでも証拠証人探しは捗らなかった
1949年には事件がコールドケースに分類されてしまい、報奨金を用意して情報を募ったものの
今に至るまで犯人の目星すら付いていない
936名無しさん@おーぷん :2017/09/23(土)11:33:45 ID:jgr
戦中の事件ってどうにもならなそうやしなぁ
とはいえ容疑者もおらんのか
937名無しさん@おーぷん :2017/09/24(日)04:23:51 ID:GI5
  グレゴリ・ヴィルマン事件



フランス東部のナンシーとストラスブール、そしてブザンソンの中間に位置するレーパンニュ=シュル=ヴォローニュ
21世紀になった今でも人口1000人に満たない小さな自治体であるが
そこに住むヴィルマン夫妻は何年かに渡って身元不明の男から、復讐を遂げてやると訴えかけてきた手紙、電話を
幾度となく受け取ってきていた
時には名指しで家長のジャン=マリ・ヴィルマンを脅しかけてきたのだが
その相手というのがどうやらヴィルマン家の内情に詳しい人物であるらしかったのだ
ヴィルマン家に近い人間の脅しなのだろうか

1984年10月16日、午後5時ごろのことである
またしても身元不明の相手からの電話がかかってきたのだが、このたびは様子が違う
「坊やを連れ出している」という内容であったからただ事ではない
坊や、すなわちヴィルマン夫妻の息子であったグレゴリ・ヴィルマン(4)のことであるが
ついさっきまで家の前で遊んでいたはずだったのにそれがいなくなっている
大慌てで近隣警察に通報し大捜索が始まった

間もなく、自宅から約7km離れたボローニュ川の中から、可哀想なグレゴリ坊やの遺体が見つかった
手足をロープで縛られ、顔を覆うように毛製の帽子が引っ張り下げられていた
犯人は川に投げ込んで殺害したのだろう
翌日10月17日、落胆するヴィルマン家に1通の手紙が届いた
「仇は取った」

ベルナール・ラローシュという男がいる
家長ジャン=マリ・ヴィルマンのいとこであるが、この男に対しグレゴリ殺人関与の疑いが持ち上がった
ベルナールの義理の姉妹証言と筆跡鑑定士の鑑定がベルナールの関与を浮き上がらせたのである
11月5日にベルナールが勾留されたのだが、証言をしたはずのベルナールの義姉妹が
その証言を撤回してしまったのだ
ベルナールも犯罪への関与を強く否定し、証拠不十分で翌年2月4日に彼は釈放された
収まらないのは息子グレゴリを殺されたジャン=マリ・ヴィルマンである
彼は報道陣を集めその前で「ベルナール・ラローシュの野郎をぶっ殺してやる」と息巻いたから穏やかではない


同年3月25日に進展があった
筆跡鑑定士が手紙の書き手をほぼ特定したのだが、それは予想外の結果だった
グレゴリの母、つまりジャン=マリの妻クリスティーヌが書いたものだったというのである
一体何があったんだ

さらに進展があった、悪い方向にである
同年3月29日、ジャン=マリが有言実行してしまったのである
報道陣を目の前にして発言した通り、ベルナールを射殺したのだった
ジャン=マリは逮捕され、ある程度情状酌量もあったのだろう、懲役5年の判決を受け服役した
938名無しさん@おーぷん :2017/09/24(日)04:24:16 ID:GI5
1986年12月、また事件は動いた
筆跡鑑定士に手紙の書き手だと特定されたクリスティーヌ・ヴィルマンが息子殺害容疑で逮捕されたのだ
なーんだ、母親の自作自演かよ

そんな簡単に決着の付く事件ではなかった
ベルナールが射殺されたのちも、クリスティーヌが逮捕されたのちも
ヴィルマン家に中傷の手紙が送られ続けたのである

クリスティーヌに対する容疑は1993年2月2日に取り下げられた
随分長い捜査だったにもかかわらず、クリスティーヌ関与の証拠はなく、彼女の疑いは晴らされたのである
その間に服役をしていたジャン=マリが2年6ヶ月、つまり刑期の半分を終えた時点で釈放された

ベルナールは怪しかったが彼が射殺されたのちも嫌がらせの手紙は続いた
筆跡はクリスティーヌのものだとほぼみなされたが彼女の関与の証拠がないし、やはり拘留中に手紙が届き続けた
では真犯人は他にいるのだろうか、捜査は暗礁に乗り上げた



再び捜査が動き出したのは2000年になってからのことだった
未解決事件の話で幾度となく切り札として登場してくるDNA鑑定、これの出番である
届け人不明の手紙に貼られていた切手を調べることで何かDNA情報が出るか期待が膨らんだが
残念ながら決定的な物証は得られず、一旦捜査は迷宮入りとなった

しかし執念である、2008年12月には新たなDNA鑑定法でグレゴリを縛ったロープ、ヴィルマン家に送られた手紙
その他諸々の調査を行った
その際に男女1名ずつと思われるDNAが検出されたが、誰のものであるか特定はできなかった
なお、それがヴィルマン夫妻のものでないことだけは判明している
2013年4月にはグレゴリの衣服と靴のDNA鑑定を実施したが、これも何らかの特定を齎すことはなかった

時を前後するが、2009年10月にはジャン=マリに殺害されたベルナール、彼の元妻で未亡人となっていた
マリ=アンジュ・ラローシュが夫の無実を晴らすべく再捜査を警察と司法に要求している

迷宮入りとなった事件が再度動いたのは今年、2017年になってからである
新たな証拠をもって3名が逮捕されたが、これまた驚くべき結果だった
殺されたグレゴリの大叔父と大叔母、そして2010年に死亡したグレゴリの叔父の未亡人すなわちグレゴリの義理の叔母
この3人が2017年6月14日に逮捕されたのである
義理の叔母は間もなく釈放されたが、大叔父と大叔母は黙秘権を行使し沈黙を守った

7月11日には治安担当の判事が自殺している
遺書によれば、この事件の捜査開始と再審の重圧に耐えかねて命を絶ったというのである
本件は、それほどにも注目の大きい事件である
現時点でまだ未解決事件ではあるが、今後大きく動く可能性もある現在進行形の事件といえるだろう
939名無しさん@おーぷん :2017/09/24(日)17:52:30 ID:3nd
もうすぐ解決する感じやなこれ
940名無しさん@おーぷん :2017/09/25(月)04:23:15 ID:e3G
  フラウケ・リーブス


当時21歳だったフラウケ・リーブスは看護学校の見習い看護婦であった
2006年6月20日、折りしもちょうどサッカー・ドイツワールドカップの期間中でドイツ中が熱狂していた時期である
彼女はドイツ中西部にあるパーダーボルンの中心部にあるパブで、友人と一緒に
イギリス-スウェーデン戦を観戦していたのだが、これを最後に彼女の消息が分からなくなってしまったのである

このパブにいた時点で、フラウケは友人に携帯電話のバッテリーを借りていた
彼女のバッテリーが充電切れになってしまったからであるが、同日午後11時ごろ
パブから出る前にフラウケは友人にバッテリーを返している
パブを出た時にフラウケは5ユーロ以下しか持っていなかっただろうとされる
そして、パブから1.5km離れた自宅に歩いて向かったものと考えられている

日付が変わって夜中0時49分、フラウケのルームメイト宛に彼女の携帯電話からメールが送られて来た
曰く、少し帰るのが遅れるとのことだった
しかし、遅れるどころか彼女はその夜戻って来ることはなく、21日の看護の職場にも現れなかった
これは失踪である、フラウケの母親もそう思い警察に通報した
警察の調べでは、フラウケがルームメイトに送ったメールはパーダーボルンから35km離れた
ニーハイムという小さな町から送信されたものであることが分かった
何で1.5km離れた自宅に歩いて向かっていたはずのフラウケが35kmも離れた田舎町からメールを送ったのか
2時間弱で歩いていける距離では断じてない

それから数日のうちに、ルームメイトの携帯電話にはフラウケから5回電話がかかってきた
警察はこの通話情報からフラウケのいる場所が特定できると踏んで詳しく調べたのだが
5度全てがそれぞれパーダーボルンにある別々の工場地帯からかかってきたものであることが分かった
彼女は電話のたびに、すぐ帰るつもりだとルームメイトに言っていたのだが
かかってきた電話の会話で彼女の置かれている状況は遂に説明されなかった
ルームメイトが状況を尋ねても、フラウケは曖昧であやふやな返事しかしてこなかったのだ
そして、6月27日のフラウケ姉妹にかけた電話を最後に、彼女からの連絡が途絶えた
姉妹がフラウケに監禁されているのかを聞いたところ、小さな声で「うん」と囁いたあと、大きな声で「いいえ」と答えている
一緒にいる誰かを欺こうとしたのだろうか
とにかく、これを最後に連絡が途絶えたのであった
941名無しさん@おーぷん :2017/09/25(月)04:23:29 ID:e3G
同年10月4日、フラウケ失踪から3ヵ月半が過ぎた頃のことだった
パーダーボルンに隣接するリヒテナウ市の森の中から白骨化した遺体が発見された
検死の結果、フラウケのものであることが判明した
遺体はフラウケが失踪した当日の衣類が着用された状態で見つかった
しかし、彼女が持っていた携帯電話、ハンドバッグ、財布、腕時計はその場から持ち去られていた
遺体の腐敗が進み過ぎていたため、彼女の死因と死亡推定時刻は判明しなかった

警察の分析では、パーダーボルンの工場地帯からルームメイトにかかってきた電話は
恐らく彼女の発見をかく乱させるための細工であり
彼女は誰かにニーハイム周辺で監禁されていたであろう、と結論付けている
しかしそんなことが分かった所で、犯人どころかその動機すら判明しない
死因も死亡時期も分からないではどうしようもない
フラウケに関係のある約900人が警察の事情聴取を受けたが、5人の被疑者に絞り込む所まではいったものの
この5人いずれも確固たるアリバイが判明し、全員がシロであると認められた

警察は恐らく殺人事件ではないかと見ているらしいのだが、犠牲者の死因すら判明しておらず当日の足取りも不明で
現在でも謎が残されたままの未解決事件であり続けている
942名無しさん@おーぷん :2017/09/25(月)12:01:08 ID:dE6
連れまわしてたけど電話で失敗したから殺したんかな
943名無しさん@おーぷん :2017/09/26(火)04:39:57 ID:6eh
  バンクーバーズ・ベイブズ・イン・ザ・ウッド


1953年1月14日、カナダは太平洋岸のバンクーバーにあるスタンリー・パークでの出来事である
同公園の従業員が公園内にあるビーバーの池付近を歩いていると
疎らに木が生えた林の方に妙な枯葉のかたまりがあることに気付いた
葉っぱを除けるとさらに地面の様子が変だ
その部分を掘り返すと中から人骨が出てきて大変なことになった
従業員氏は慌てて警察を呼んだ次第である

警察が林の藪になっている箇所を捜すと、今度は土が被せられていない女性用の毛皮コートを発見した
コートを剥がすと、その下から2人分の小さな骨が出てきてしまったので警察も驚いた
そのすぐ傍には、2人分の子供の衣服がジャケットから帽子からベルトなどがセットで畳まれていた
骨のサイズから被害者はいずれも子供である可能性が濃厚である
さらには金属製の弁当箱まで見つかった
一方、やはり骨のすぐ傍からは7.5サイズ(25cm)の女性用靴片足分も発見されている
こちらは犯人に関わるものだろうか
さらに斧も一緒に見つかっているが、これを凶器として使用した殺人であるらしかった
骨からは斧で傷つけられたと思しき痕跡が見つかっている


その後医者が駆けつけて検死を行ったのだが、この医者は病理学や法医学を専門とする検死官ではなく
のちに致命的なミスと判明することになる判断を行ってしまった
遺体の子供は男の子と女の子で、年齢は6~10歳の間と推定された
 (なお1996年にDNA鑑定を実施した結果、この遺体は両者とも男の子だったと判明し、43年前の検死が間違っていることが分かった
 そのDNA鑑定によればこの2人の男の子は父違いの兄弟であったことも確認されているが
 1953年では当然そんなことなどわかる術もなかった)

また、当初この2名が殺害された時期を1947年であると発表していたのだが
これまたファイルの洗い直しを最近まで進めた結果、殺害時期が1947年より早い可能性があることが判明した
警察関係者が調べ上げたファイルには次のような目撃証言が報告されていた
 バンクーバー島から来た船員夫妻が1944年5月にスタンリーパークを散歩中、突如目の前に藪の中から女が飛び出てきた
 その女は靴が片方脱げており、コートも着用していなかった
 そして女はガラガラ声をしており、そのまま走り去っていった

靴が片方だけだったなどというのは、遺留品として婦人靴が片方だけ出て来たことと合致する
もしこの目撃証言の女が2人の子供を殺害した犯人であるとするならば、殺害された時期の推定までも間違っていたことになる


1953年の時点でこの人がいずれも少年であることが分かっていればまた話は違ったのかもしれないし
殺害時期が1944年だと確認できていれば、聞き込みの対象もまた変わっていたはずである
いずれにしても数十年の捜査が全くムダだったというのはあまりに痛恨過ぎる

現在もバンクーバー警察は1944年頃に失踪した少年兄弟の情報を精査しており
その名前が判明すれば、血縁者了解の元でDNA鑑定を行い、少なくとも被害者兄弟の名前だけでも確定させたいと望みを持っている
そこから犯人であるらしい女との繋がりが見えてくるかもしれないが、現時点では未解決の状態のままであり
もしこのかわいそうな兄弟の身元が判明しても、犯人を確定させることは極めて難しいだろう
944名無しさん@おーぷん :2017/09/26(火)12:21:21 ID:GRD
初動捜査のミスやなぁ…
ミスってなければもしかしたら身元くらいは何とかなってたかもしれん

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三大未解決事件「長岡京殺人事件」「トイレの中に死体」