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戦国時代の裏切り武将で打線組んだ(再)

1名無しさん@おーぷん:2016/10/28(金)21:35:55 ID:ltJ()
1遊 真田昌幸
2三 斎藤道三
3右 宇喜多直家
4捕 明智光秀
5二 松永久秀
6左 陶晴賢
7中 毛利元就
8一 小早川秀秋
9投 織田信長


前に1回やったけどリベンジ+α
軽く解説もする

打線入りさせなかった武将も余裕があれば後で一部解説する
2名無しさん@おーぷん :2016/10/28(金)21:36:36 ID:ltJ()
西日本打線

1二 松永久秀
2三 尼子経久
3右 宇喜多直家
4中 細川政元
5一 赤松晴政
6左 細川高国
7遊 三好長慶
8DH 小早川秀秋
9捕 陶晴賢

投  毛利元就


東日本打線

1一 足利成氏
2二 伊勢宗瑞
3右 長尾景春
4捕 明智光秀
5中 長尾為景
6三 斎藤道三
7遊 真田昌幸
8左 徳川家康
9投 織田信長
3名無しさん@おーぷん :2016/10/28(金)21:36:58 ID:LZ8
宇喜多が入ってて満足してしまったわ
4名無しさん@おーぷん :2016/10/28(金)21:37:13 ID:ltJ()
なお「謀将」ではなく「裏切り武将」なので注意
つまり無能でも天下人や地方の覇者レベルの人物を裏切ってぶち殺したりしてれば高評価

解説の冒頭で、選手名と共に裏切られた被害者もカッコ書きで列挙する
その裏切りで被害者が死んだり権力の座を奪われたりした場合は、
被害者名の頭に↓みたいなマークを付ける

=相手を実質的に死なせた(相手が名目or実質的主君や上司)
=相手を実質的に死なせた(相手が仲間や身内)
●=相手を追放、権力剥奪、滅亡確定(相手が名目or実質的主君や上司)
○=相手を追放、権力剥奪、滅亡確定(相手が仲間や身内)


解説が間違ってる可能性があるので興味持ったら自分で調べるのをおすすめ
5名無しさん@おーぷん :2016/10/28(金)21:38:23 ID:ltJ()
>>3
宇喜多直家はワイの中では不動の3右
6名無しさん@おーぷん :2016/10/28(金)21:39:00 ID:ltJ()
1遊 真田昌幸 (滝川一益、上杉景勝、北条氏政、徳川家康、室賀正武、徳川家康)


武田が滅んでから寝返りまくりでおなじみ真田昌幸

大勢力のはざまにいる国衆のような小勢力は全体的に寝返り寝返られではあるが、
彼は特に上杉・北条・徳川という関東の大勢力が三つ巴で争う地域の中心近くに位置
その中で生き残るために上記3勢力を相手に寝返りまくった

しかし最後に反抗した相手である徳川家康は戦国時代の最終勝者となってしまう
彼は徳川方だった嫡男に領地を明け渡して僻地に流され、そこで生涯を終える
7名無しさん@おーぷん :2016/10/28(金)21:39:45 ID:ltJ()
2三 斎藤道三 (長井長弘or●長井景弘、土岐頼武、土岐頼純、土岐頼満、●土岐頼芸、●土岐頼芸)


斎藤道三の経歴には最近親子二代説が浮上していて、
それが正しければ油商人から武士に成り上がったのは道三の父で、
その父も生まれは武士、長井長弘あたりも案外父がやったかもしれない

だとしても長弘の後を継いだらしい長井景弘の形跡が、
道三が側近だった時期に唐突に消えており、それ以降は彼の成績となる

ともあれ長井家を乗っ取った彼は、
その後に土岐氏のお家騒動に乗じて土岐氏まで乗っ取ってしまったが、
やがて彼もまた息子の斉藤義龍に裏切られ、領地を織田信長に託して死んだ
8名無しさん@おーぷん :2016/10/28(金)21:40:41 ID:Z6Q
??「賤ヶ岳の裏切りで前田利家が4番やろ」
9名無しさん@おーぷん :2016/10/28(金)21:42:00 ID:ltJ()
>>8
前田利家も後で入れなかった理由書くので待っててや佐久間さん
10名無しさん@おーぷん :2016/10/28(金)21:42:58 ID:ltJ()
4捕 明智光秀 (足利義昭、織田信長、織田信忠)


怒涛の裏切られっぷりを誇る織田信長の中でも最大の裏切られ事件
「本能寺の変」でおなじみ明智光秀

子供の頃に斎藤道三と斉藤義龍の親子の争いに巻き込まれて一家離散となり、
その後は朝倉義景に仕えていたが、
しばらくして中央を追われてきた足利義昭に目をつけられ、義昭に仕えた
義昭が織田信長を頼ると信長にも仕えるようになり、両者が手切れになった際に信長を選ぶ

そうして時の天下人である織田信長の忠実な重臣の一人となったが、
織田信長・織田信忠父子が本能寺に滞在していた際、
突如謀反を起こして一夜のうちに二人を死に追いやってしまった

天下人不在となって日本中が混乱する中、彼は中央の掌握を試みるも、
味方につく人はほとんどおらず、謀反からわずか11日目で織田方の軍勢に大敗
それでもなお生きようと、道なき道に活路を求めた彼を落ち武者狩りの竹槍が貫いた
11名無しさん@おーぷん :2016/10/28(金)21:44:34 ID:ltJ()
5二 松永久秀 (●三好義継、足利義輝、織田信長、織田信長)


自爆死した伝説があるので爆弾正とかボンバーマンとか呼ばれてる人
元は身元不明の人物で、そこから当時の天下人である三好長慶の右腕にまで出世を果たし、
長慶死後に三好家を牛耳り、剣豪将軍足利義輝の暗殺にも関わる(直接関与はしてない)が、
同格の三好家臣(三好三人衆)などとの対立で転落、織田信長につくが信長を2回裏切って死ぬ

実際の死因は切腹の可能性が濃厚らしいけど、それ以前にも古墳を破壊して城を建てたり、
東大寺に攻め込んで大仏殿を焼き払ったりしてるので、斬新な死に方をしそうな人ではある

史実であろう切腹の際、家臣に対して自分が死んだら首と茶器を爆破するよう言ったらしく、
その場合は死んだタイミングで爆発しようとした事になる(特撮の怪人ではない)
12名無しさん@おーぷん :2016/10/28(金)21:45:38 ID:5QS
>>7
今司馬遼太郎の国盗り物語読んでるけど道三のとこぐう面白い
13名無しさん@おーぷん :2016/10/28(金)21:46:53 ID:ltJ()
6左 陶晴賢 (相良武任、大内義隆、相良武任、杉重矩)


北九州~中国地方西部の一帯を支配していた大内家の当主であり、全盛期を築いた大内義隆
その忠実で有能なる重臣にして恋人であり、
そして中国地方最大級のクーデター事件「大寧寺の変」を起こして自害に追い込んだ張本人

彼の謀反で九州、瀬戸内海、中国地方という広大な範囲の情勢が変化し、
その混沌の中から現れた毛利元就に彼も飲み込まれていった
14名無しさん@おーぷん :2016/10/28(金)21:48:46 ID:ltJ()
7中 毛利元就 (○相合元綱、尼子経久、大内義隆、陶晴賢、大内義長)


三本の矢でおなじみ毛利元就
彼の幼少期は5歳で母を亡くし、10歳で父を亡くし、
11歳で家臣に財産を奪われてボロ家住まいという悲壮なものだった

しかしその頭脳を駆使して這い上がり、
当時大勢力だった大内・尼子と三つ巴の争いを繰り広げるようになってゆく
そして上述の陶晴賢の謀反にも加担したあげくその陶晴賢すら裏切って滅ぼし、
やがて中国地方全域に君臨していった
15名無しさん@おーぷん :2016/10/28(金)21:50:13 ID:ltJ()
8一 小早川秀秋 (毛利輝元、○石田三成)


「関ヶ原で石田三成を裏切った奴」って言った方が名前で呼ぶより通じる気がする人

豊臣秀吉の嫁である寧々の兄の息子だったが、男児に恵まれなかった秀吉の養子の一人となる
しかし秀吉に子が出来ると毛利サイドへ養子に出されるなど秀吉の都合で色々と移動させられた
そのあたりで色々と溜まるものがあったのか、少年期から既に酒浸りだったようである

そして関ヶ原の戦いでは東軍の調略に応じ、毛利側である西軍として参加しつつも、
戦闘中に東軍に寝返り、西軍の横っ腹へ襲い掛かって東軍勝利を決定付けた
しかしその寝返りに加えて戦後にトラブルが重なり、
ストレスからアルコール依存が止まらなかったのか、体も精神もぶっ壊れて早死にしてしまった

石田三成とは主従でもないし、
境遇的にも直前の挙動的にも、西軍の味方かどうか怪しい奴ではあったみたいやな
それでも関ヶ原で放った一発が大き過ぎて打線からは外せんかった
16名無しさん@おーぷん :2016/10/28(金)21:51:32 ID:lCZ
荒木村重「ワイは?」
17名無しさん@おーぷん :2016/10/28(金)21:51:43 ID:ltJ()
9投 織田信長 (織田信友、●斯波義銀、○北畠具房、北畠具教、●足利義栄、●足利義昭)


織田家はもともと斯波家(武衛家)の家臣で、その斯波家の権力を握って操っていたが、
信長は斯波家に味方して、権力を握っていた親戚の織田信友を死に追いやり、
斯波当主の斯波義銀も追放して尾張を制圧
近隣の北畠家とは講和して養子を送り込んで当主一族を謀殺して乗っ取り、
その他の敵もあらかた倒して濃尾平野一帯の覇者となる

さらに逃れてきた足利義昭を擁立して上洛して将軍だった足利義栄を蹴落とし、
その足利義昭をも追放、並み居る勢力が義昭につくがことごとく退け、
とうとう天下人となる

しかし天下を掴んだのも束の間、腹心の部下だった明智光秀が突如として謀反を決行
焼け落ちる本能寺の炎の中に消えた
18名無しさん@おーぷん :2016/10/28(金)21:52:40 ID:ltJ()
そんなわけで全日本打線の成績
基本的に知名度重視

1遊 真田昌幸 (滝川一益、上杉景勝、北条氏政、徳川家康、室賀正武、徳川家康)
2三 斎藤道三 (長井長弘or●長井景弘、土岐頼武、土岐頼純、土岐頼満、●土岐頼芸、●土岐頼芸)
3右 宇喜多直家 (中山信正、島村盛実、松田元輝、松田元賢、浦上宗景、●浦上宗景、浦上久松丸、浦上宗辰、後藤勝基、毛利輝元)
4捕 明智光秀 (足利義昭、織田信長、織田信忠)
5二 松永久秀 (●三好義継、足利義輝、織田信長、織田信長)
6左 陶晴賢 (相良武任、大内義隆、相良武任、杉重矩)
7中 毛利元就 (○相合元綱、尼子経久、大内義隆、陶晴賢、大内義長)
8一 小早川秀秋 (毛利輝元、○石田三成)
9投 織田信長 (織田信友、●斯波義銀、○北畠具房、北畠具教、●足利義栄、●足利義昭)
19名無しさん@おーぷん :2016/10/28(金)21:54:11 ID:ltJ()
西日本打線

1二 松永久秀
2三 尼子経久
3右 宇喜多直家
4中 細川政元
5一 赤松晴政
6左 細川高国
7遊 三好長慶
8DH 小早川秀秋
9捕 陶晴賢

投  毛利元就
20名無しさん@おーぷん :2016/10/28(金)21:55:49 ID:ltJ()

戦国時代、中央政府を手中に収めて、
単独で実質的な最高権力者となった人物(天下人)の順番は以下の通りだと思う

 応仁の乱、明応の政変→細川政元→細川高国→細川晴元→三好長慶→織田信長→豊臣秀吉→徳川家康→江戸時代

西日本といえば当時中央政府があった京都があり、
上記の流れもほとんどは西日本での出来事となる

なので西日本打線は、
このあたりを裏切って滅ぼした人物や、ここに名を連ねた人物を中心に選出


※天下人と呼ばれる事が多いのは主に三好長慶かららしいが、
 調べて説明するのがめんどいので全員天下人とする
21名無しさん@おーぷん :2016/10/28(金)21:57:16 ID:ltJ()
2三 尼子経久 (京極政経、●京極吉童子丸、大内義興)


出雲守護代の尼子家の嫡男に生まれる
守護の京極政経に従っていたが、やがて増長して政経の領地の乗っ取りを画策
しかしそれらが明るみになって守護代の地位を剥奪されてしまう

失敗からの再スタートを切った彼は実力でなんやかんやして復帰、
勢力を伸ばして出雲近隣を飲み込んでゆく
そして、かつて共に戦っていたはずの大内氏の領地をおびやかした事で、
大内当主の大内義興が大内領に帰らざるを得なくなり、
義興の軍事力に支えられていた細川高国の中央政権は崩壊へと踏み出していった

勢力拡大を成し遂げた彼だったが、そのために近隣との仲は悪く、
家臣団もまとまりを欠くなど、多くの負の遺産を残したまま寿命を迎えてしまい、
以降の後継者達はそれに苦しまされる事となる

数々のえぐい手段で敵を潰してのし上がった一方、部下や領民にはかなり優しかった、
というか狂信的なまでに下の者になんでもかんでもあげたがる人やったみたいやね
22名無しさん@おーぷん :2016/10/28(金)21:57:45 ID:lCZ
>>17
あんまり知られてないけど
信長は上洛した時に斯波家継がへん?って打診されとるんよな
23名無しさん@おーぷん :2016/10/28(金)21:59:16 ID:ltJ()
4中 細川政元 (●足利義稙、畠山政長、●足利義澄)


応仁の乱の東軍総大将・細川勝元の跡継ぎにして、戦国時代の幕を開けた人物

応仁の乱後、最終的に室町幕府の将軍になった足利義稙は西軍系の人物だった
こうなると当然政元などの東軍系の人々に火種がくすぶり始めてゆく

そこで政元は日野富子などの将軍へ反抗心を抱く人々と裏でつながり、綿密な計画のもと、
足利義稙が出払ったのを見計らってクーデターを起こし、足利義澄を新将軍にして操り、
さらに日野富子の死によってついに幕府の権力を手中に収めた

こうして室町幕府で初となる将軍の追放と操り人形化で将軍の権威は失墜し、
日本は本格的に戦国時代へ突入してゆく

そして彼は「山の力で空とか飛べるようになりたいから子作りしない」とか言って
謎の修行に明け暮れて後継者をあいまいにしたあげく、
魔法使いになるために風呂でマジカルトレーニングしてたら養子の部下に斬られて死んだ
24名無しさん@おーぷん :2016/10/28(金)21:59:24 ID:yrx
ほぼ中国地方打線じゃないか…たまげたなあ 中国人は嘘つきだらけだぁ
25名無しさん@おーぷん :2016/10/28(金)22:01:24 ID:lCZ
>>21
家臣「お館様の私物褒めたら何でもくれるンゴ…
でも貰ってばっかりは嫌ンゴ…」

家臣「せや!庭の松なら褒めてもあげるなんて出来んはずやで!」
26名無しさん@おーぷん :2016/10/28(金)22:01:40 ID:ltJ()
>>24
細川政元の後継者争いが飛び火して巡り巡って毛利が関ヶ原で西軍総大将になるからね、仕方ないね
27名無しさん@おーぷん :2016/10/28(金)22:02:30 ID:ltJ()
>>25
尼子経久「あげなきゃ(使命感)」
28名無しさん@おーぷん :2016/10/28(金)22:03:00 ID:lCZ
>>23
政元は義稙下ろしのために
宿敵畠山基家と組んだのがマキャベリストンゴねえ…
畠山政長というただただ哀れな一生
29名無しさん@おーぷん :2016/10/28(金)22:06:14 ID:ltJ()
5一 赤松晴政 (細川高国、浦上村宗)


彼の父は重臣の浦上村宗に殺されていて、名門だった赤松氏も乗っ取られており、
当時まだ9歳だった赤松晴政は浦上村宗に祭り上げられ、言いなりになっていた
そんなある時、再起を図る元天下人・細川高国が浦上村宗のところにやってくると、
浦上村宗に言われるがまま赤松家の軍勢を率いて細川・浦上軍の後詰めとして後背に布陣した

父を殺されておよそ10年、彼はこの時を待っていた
彼は敵の三好家と示し合わせて寝返り、細川・浦上軍の背後に襲撃をかけ、
三好との挟み撃ちで憎き浦上村宗と、ついでに細川高国も死に追いやってしまった
こうして彼は見事に父の仇を討ち、赤松氏の実権もある程度回復する事に成功したのだった
めでたし

なおその後に浦上村宗の息子に再び赤松を乗っ取られて領地を追われて不遇の死を遂げるのだが
それはまた別のお話
30名無しさん@おーぷん :2016/10/28(金)22:08:08 ID:ltJ()
6左 細川高国 (細川澄之、●細川澄元、●足利義澄、●足利義稙、●足利義晴)


細川政元の養子の一人
細川政元は魔法使いになる決意を固めていたので子供を残さなかった
政元死後、3人いた養子が後継者候補となり、細川高国は第3候補だった

彼はまず政元を暗殺した第1候補を第2候補と協力して瞬殺、
さらに以前クーデターで追われていた足利義稙が戻ってくると鮮やかに義稙へ寝返り、
第2候補も操られていた足利義澄も追放、最後には足利義稙までをも追放し、
新将軍・足利義晴を祭り上げて幕府を我が物にした

そんな血みどろの後継者戦争を勝ち抜いた彼もそこから一度転落
あきらめずに再起を図って決戦を挑むが、
その合戦中に背後の味方が突如裏切って襲い掛かった事で前方の敵と挟み撃ちにされて惨敗
逃げる途中で捕まり、彼もまた裏切られた最期を遂げる
31名無しさん@おーぷん :2016/10/28(金)22:09:50 ID:ltJ()
7遊 三好長慶 (●細川晴元、●足利義輝、三好政長、●足利義輝)


時の天下人・細川晴元の忠実な部下だったが、
同じく晴元の部下で分家筋の三好政長の策略で晴元たちに父を殺されていた
彼は力をつけたのを期に、律儀にも晴元に「政長をカタキ討ちしたい」と願うが、
全力で拒否されたので謀反を起こし、政長を殺して晴元を京から追っ払い、
ついでに将軍の足利義輝も一緒に追っ払って中央政権を手に入れてしまった

一方で反抗してくる晴元・義輝の両者を排除しようとはせず、
やがて両者と和睦した事で将軍の威光をゲットして天下人となるが、
延々と起き続ける反三好の挙兵や、信頼していた兄弟や親族の相次ぐ死により、
体と精神が徐々に異状をきたして家臣の松永久秀に操られるようになってしまい、
43歳という若さで死ぬ頃には人格が崩壊していた

ワイ前回長慶が久秀を見限ったって書いたけど間違いやった
正直すまんかった
32名無しさん@おーぷん :2016/10/28(金)22:11:06 ID:q5I
島津義弘は?
33名無しさん@おーぷん :2016/10/28(金)22:11:18 ID:ltJ()
西日本打線の成績

1二 松永久秀 (●三好義継、足利義輝、織田信長、織田信長)
2三 尼子経久 (京極政経、●京極吉童子丸、大内義興)
3右 宇喜多直家 (中山信正、島村盛実、松田元輝、松田元賢、浦上宗景、●浦上宗景、浦上久松丸、浦上宗辰、後藤勝基、毛利輝元)
4中 細川政元 (●足利義稙、畠山政長、●足利義澄)
5一 赤松晴政 (細川高国、浦上村宗)
6左 細川高国 (細川澄之、●細川澄元、●足利義澄、●足利義稙、●足利義晴)
7遊 三好長慶 (●細川晴元、●足利義輝、三好政長、●足利義輝)
8DH 小早川秀秋 (毛利輝元、○石田三成)
9捕 陶晴賢 (相良武任、大内義隆、相良武任、杉重矩)

投  毛利元就 (○相合元綱、尼子経久、大内義隆、陶晴賢、大内義長)
34名無しさん@おーぷん :2016/10/28(金)22:13:13 ID:ltJ()
東日本打線

1一 足利成氏
2二 伊勢宗瑞
3右 長尾景春
4捕 明智光秀
5中 長尾為景
6三 斎藤道三
7遊 真田昌幸
8左 徳川家康
9投 織田信長
35名無しさん@おーぷん :2016/10/28(金)22:14:32 ID:ltJ()
戦国時代の開始と言われる応仁の乱~明応の政変あたりの時代、
関東はすでに大戦乱だったらしい

もともと関東には幕府の代わりに関東を治める代理の将軍がいた(鎌倉公方)
そしてそれを補佐する役職があった(関東管領)

まず鎌倉公方が室町幕府と対立してボコられて関東管領が最高権力を握り、
次に関東管領を独占していた上杉氏の中で山内と扇谷の2派が争い、
最終的に、旧鎌倉公方(古河公方)vs山内上杉vs扇谷上杉の三つ巴の争いになっていったが
それで3勢力ともボロボロになった結果、
途中で現れた後北条氏に覇権を奪われ、
上杉の部下だった長尾氏に関東管領を奪われてしまった

多分ここらへんが関東の最高権力者候補なので、
東日本打線はここらへんの動きの中で裏切った人物を中心に選出
36名無しさん@おーぷん :2016/10/28(金)22:15:31 ID:r60
秀吉って地味に裏切ってない?
織田家から実権奪って好き勝手やってるし
打線入りするには弱いかもしれんけど
37名無しさん@おーぷん :2016/10/28(金)22:15:46 ID:ltJ()
1一 足利成氏 (上杉憲忠)


旧鎌倉公方(古河公方)の当主

父で鎌倉公方の足利持氏は室町幕府および関東管領と対立して争った結果、
三浦時高に裏切られて自害した
関東の実質的権力者は関東管領の山内上杉家となり、彼は旧鎌倉公方のお飾り当主となった
しかし上杉は父の仇でもあり、周囲の望む声もあり、ついに打倒上杉を決意
山内上杉当主の上杉憲忠を御所に呼び出して暗殺、同時に対立派に襲撃をかけた

これにより上杉vs旧鎌倉公方の戦端が開かれ、関東は享徳の乱という30年戦争へ突入
彼はそれを戦い抜き、
やがて長尾景春の乱を契機に上杉が山内と扇谷に分裂して弱体化した事で和睦が成立
幕府に古河公方の存在を認めさせ、関東に覇を唱えた
しかし三つ巴の状態は継続し、後北条氏も現れて関東はその後も戦乱が続く事となる
享徳の乱の間に中央では応仁の乱が発生するが、関東は既にそれどころではなかった

応仁の乱より前の人物だけど関東の混乱に大きく絡んで来るのと、
応仁の乱後もしばらく生きてたので入れてみた
38名無しさん@おーぷん :2016/10/28(金)22:15:57 ID:lCZ
政元〜長慶の流れはいつかちゃんと大河ドラマにして欲しい
なお宗教団体最盛期な模様
39名無しさん@おーぷん :2016/10/28(金)22:17:45 ID:lCZ
>>37
朝敵認定から和睦に持ち込み畳の上で死んだ稀有の人物
しかし鎌倉には帰れなかった
40名無しさん@おーぷん :2016/10/28(金)22:18:57 ID:ltJ()
>>38
大河で史実通りに宗教勢力のヒャッハーっぷりを描くと色々めんどい事になりそう・・・
41名無しさん@おーぷん :2016/10/28(金)22:21:27 ID:ltJ()
>>36
秀吉は調べたけどワイも打線に入れるにはちょっと弱いと思った
一応打線入りしなかった人のリストには入れてある
42名無しさん@おーぷん :2016/10/28(金)22:22:22 ID:ltJ()
2二 伊勢宗瑞 (●上杉朝良)


「北条早雲」の名前で知られる人物
今川の御家騒動を収めるために幕府から今川に派遣されていた幕府重臣だったらしい

先述の関東の支配者の座をめぐる三つ巴の戦いでは、その3勢力以外にも、
幕府新公認の鎌倉公方がいたが、混沌の関東に入れずに伊豆に勢力を持ち、
主に両方の上杉に協力していた(堀越公方)

しかしそれの二代目が暴政を始めたので、近隣の今川家当主の今川氏親が討伐を決意
彼は氏親の命令を受けて堀越公方を討ち果たすと、そのまま伊豆を乗っ取り、
三つ巴の戦いは扇谷上杉家に味方するもやがて追っ払い、後北条氏の前身を作り上げた
彼の後、三つ巴の勢力たちは後北条氏に飲み込まれてゆく

被害者は他にも何人か挙がりそうやけど、調べたら彼の方から裏切ったのか判断できなかったから
成績としては●上杉朝良だけにしてみた
43名無しさん@おーぷん :2016/10/28(金)22:24:08 ID:ltJ()
3右 長尾景春 (上杉顕定、長尾忠景、足利成氏、上杉顕定)


長尾景春の乱という直球な名称がつけられている反乱の首謀者
関東がまだ関東管領上杉家vs古河公方(旧鎌倉公方)で争い、
関東管領山内上杉と扇谷上杉がまだ仲良しだった時、彼の父は山内上杉のナンバー2だった

父が死んだ際、彼はそこで当然自分がナンバー2を継げると思っていたが、
山内上杉家当主の上杉顕定がナンバー2に指名したのは全然別の人で怒り心頭、
山内上杉家に対して3回も反旗を翻した(最初の1回目が長尾景春の乱)

そうして反旗を翻しては倒され、また反旗を翻しては倒されを繰り返しているうちに
上杉は山内上杉と扇谷上杉に分かれて古河公方も介入して争い合ってボロボロになり、
彼も反抗が三度目に達したあたりで72年の生涯を終えた
44名無しさん@おーぷん :2016/10/28(金)22:25:55 ID:ltJ()
5中 長尾為景 (上杉房能、●上杉定実)


上杉謙信の父
長尾家の当主で、越後を治めていた守護大名・上杉房能の部下

しかし上杉房能との間には色々とあり、やがて房能が彼を討とうとしたので、
彼は先制して謀反して死に追いやり、その子の上杉定実を擁立して越後の実権を握り、
さらに房能の兄の上杉顕定がカタキ討ちに来ると、一度は負けたが最終的に戦死させてしまった

ところで今彼が死なせた上杉顕定という人物、
長尾景春の項目で登場したのを覚えているだろうか
そう

 関 東 管 領

そんなわけで関東管領山内上杉家とついでに古河公方が崩壊するのを尻目に彼は越後をゲット
息子の謙信の代には関東管領までゲットしてしまうのだが、それはまた別のお話
45名無しさん@おーぷん :2016/10/28(金)22:27:30 ID:ltJ()
8左 徳川家康 (今川氏真、○石田三成、●豊臣秀頼)


今川に従う松平家の嫡男で、人質時代に織田に売られたのをきっかけに織田とのコネを作り、
今川の当主今川義元が織田信長に討たれると今川を裏切って織田について反抗、
信長が本能寺の変で死ぬと後継を狙う豊臣秀吉に抗うも屈服、
やがて豊臣の五大老筆頭になり、秀吉死後は名目上は豊臣秀頼の家臣となるが権力を掌握、
抗う石田三成派を関ヶ原で倒し、豊臣家を支配下に収め、最終的に滅ぼす

裏切り周りを抜き出したけどだいたい中学で習う事やね
○石田三成について、これは関ヶ原時点ではほぼ完全に敵同士なのでカウントせず、
それ以前に失脚させたのを成績とした
●豊臣秀頼は、大坂の陣に至るまでの経緯は両陣営の行き違いだった可能性が高いらしいので
関ヶ原後に権力を剥奪した事を成績とした
46名無しさん@おーぷん :2016/10/28(金)22:30:25 ID:lCZ
>>43
>>44
この時代の関東は
部下が力つけてきたら上司が部下を殺し
また部下もさせまいと上司を殺しの連続でほんま面白い
47名無しさん@おーぷん :2016/10/28(金)22:30:28 ID:ltJ()
東日本打線の成績

1一 足利成氏 (上杉憲忠)
2二 伊勢宗瑞 (●上杉朝良)
3右 長尾景春 (上杉顕定、長尾忠景、足利成氏、上杉顕定)
4捕 明智光秀 (足利義昭、織田信長、織田信忠)
5中 長尾為景 (上杉房能、●上杉定実)
6三 斎藤道三 (長井長弘or●長井景弘、土岐頼武、土岐頼純、土岐頼満、●土岐頼芸、●土岐頼芸)
7遊 真田昌幸 (滝川一益、上杉景勝、北条氏政、徳川家康、室賀正武、徳川家康)
8左 徳川家康 (今川氏真、○石田三成、●豊臣秀頼)
9投 織田信長 (織田信友、●斯波義銀、○北畠具房、北畠具教、●足利義栄、●足利義昭)
48名無しさん@おーぷん :2016/10/28(金)22:33:40 ID:Drt
陶晴賢の裏切りは大内義興時代からの派閥やら云々の問題とかが複雑に絡みあっとるんやけど
大抵は説明が面倒臭いからホモを拗らせたからという酷い理由になっとる模様
49名無しさん@おーぷん :2016/10/28(金)22:34:56 ID:ltJ()
>>46
関東に限った話じゃないながら、
活躍しすぎた部下の存在って結構悩みの種になりがちやね
太田道灌なんかもそう
50名無しさん@おーぷん :2016/10/28(金)22:36:14 ID:lCZ
>>49
道灌は謀反説も後付けっぽいし
あれだけの武将を暗殺したのは上杉ホンマ無能
51名無しさん@おーぷん :2016/10/28(金)22:37:45 ID:ltJ()
番外編


判定に迷った系

武田信玄 (●武田信虎、上杉謙信、今川氏真、徳川家康、織田信長)
浅井長政 (●浅井久政、六角義賢、織田信長)
前田利家 (愛智拾阿弥、織田信長、●柴田勝家)
木曾義昌 (武田勝頼、北条氏政、徳川家康)


主君はコロコロ変えたけど裏切った訳じゃなさそう系

藤堂高虎 (豊臣秀吉)
渡辺了 (-)
可児吉長 (-)


女性

おつやの方 (織田信長、●織田勝長)
日野富子 (山名宗全、足利義視、●足利義尚、●足利義稙)
52名無しさん@おーぷん :2016/10/28(金)22:38:38 ID:Drt
本庄繁長とかいう裏切り者というよりやんちゃしたガキ大将という印象になる武将
53名無しさん@おーぷん :2016/10/28(金)22:38:50 ID:QGe
真田丸で有名になった小山田さん
54名無しさん@おーぷん :2016/10/28(金)22:39:51 ID:Drt
>>53
信長からもお前なにやってるの?とキレられた模様
55名無しさん@おーぷん :2016/10/28(金)22:40:12 ID:rLk
家康が秀頼を裏切って天下を奪ったと解釈すれば4番投手になりそう
56名無しさん@おーぷん :2016/10/28(金)22:40:26 ID:Zs3
のぶやぼでも有能だけど野心パラメーターも高い武将って
割と面倒な局面で謀反起こして結果、危機に陥る事もあるしな。
場合によっては切腹申し付けたり、危機を察知してか見切りをつけられてか出奔されたり
57名無しさん@おーぷん :2016/10/28(金)22:41:29 ID:Drt
>>56
なお嫁をプレゼントするだけで忠犬化する模様
58名無しさん@おーぷん :2016/10/28(金)22:41:34 ID:ltJ()
武田信玄 (●武田信虎、上杉謙信、今川氏真、徳川家康、織田信長)


武田信玄はパッパを追放した直後とかエグそうやけど、
詳しくなくて調べても誰を裏切って誰に裏切られたのかよく分からなかったンゴ・・・
正直パッパの代に同盟・主従だった勢力からすれば、
そのパッパを蹴落として成り代わった時点である意味信玄の敵対行為じゃないかとワイは思う
59名無しさん@おーぷん :2016/10/28(金)22:41:45 ID:rLk
>>56
イスパニアの陰謀に関わってそう(小並感)
60名無しさん@おーぷん :2016/10/28(金)22:42:24 ID:ltJ()
浅井長政 (●浅井久政、六角義賢、織田信長)


浅井長政は信長の前もクーデター的家督相続して六角義賢に背いてるから、
裏切り武将の定義は満たしてそうやね

ただ最大の裏切りであろう対織田信長は結局失敗してるし、
パッパの意思によるところが強かったらしい部分も加味して打線には入れんかった
61名無しさん@おーぷん :2016/10/28(金)22:43:27 ID:ltJ()
前田利家 (愛智拾阿弥、織田信長、●柴田勝家)


賤ヶ岳の戦いで合戦中に突然裏切ったからその意味では小早川秀秋級やけど
そのまま襲い掛かった訳でもないし、
小山田信茂みたいに全力で招いて蹴落とした程でもないし、
その後も中立っぽい立場を取ったんで、裏切りというより敵前逃亡に近い感じやな
インパクトが後一歩及ばない気がして打線には入れなかった

あと拾阿弥と織田信長は入れてみたけど、
突発的に拾阿弥ぶち殺して信長から逃げただけやし、裏切りかどうかは正直微妙かもしれない
62名無しさん@おーぷん :2016/10/28(金)22:44:39 ID:Zs3
主従の関係よりも養子でない実子による親子関係の追放または殺害による下剋上の方が
闇は深そう
63名無しさん@おーぷん :2016/10/28(金)22:47:20 ID:ltJ()
木曾義昌 (武田勝頼、北条氏政、徳川家康)


真田昌幸同様、武田が滅んでから寝返りまくりな人

大勢力の間で手のひらクルクルした小領主の枠は真田昌幸でほぼ確定だと思った事や、
そういう小領主は割とありふれてそうだと思った事などから、
それ系はあまり調べなかった

国人とかはそもそも戦国大名と戦う事自体が無理ゲーに近いだろうから
手のひらクルクルはしょうがない部分はあると思う
64名無しさん@おーぷん :2016/10/28(金)22:48:46 ID:ltJ()
藤堂高虎 (豊臣秀吉)


主君を変えまくった人で有名
しかし基本的に自分を評価してくれる人にはそのぶん忠義を尽くす人で、
出奔や寝返りも、情勢を変えたり権力を握ったりといった目的ではなかった模様

ワイは裏切りらしい裏切りは秀吉の死期に家康に鞍替えした件のみと判定
裏切り武将には含めなかった
65名無しさん@おーぷん :2016/10/28(金)22:49:42 ID:Drt
信玄と信虎は義元死去辺りの時点である程度関係修復されとったのが意外やな
66名無しさん@おーぷん :2016/10/28(金)22:50:46 ID:K0Y
>>64
言うて主君も主君で結構早死に奴、多いししゃーない
67名無しさん@おーぷん :2016/10/28(金)22:51:15 ID:ltJ()
渡辺了 (-)


彼も藤堂高虎と同じく、
主君を変えまくったけど、自分を評価してくれる人には忠義を尽くした人

藤堂高虎もフィーリングを感じたのか破格の高待遇で迎え入れたが、
独断専行からの出奔という、ある意味期待通りの活躍をすると、
キレた高虎に再就職を妨害されてどこにも仕えられずに生涯を終えた
68名無しさん@おーぷん :2016/10/28(金)22:52:54 ID:Drt
国境の国人とか掌クルクルして当たり前やからなあ
69名無しさん@おーぷん :2016/10/28(金)22:53:53 ID:Jhi
塙さんはどうなのかな?
70名無しさん@おーぷん :2016/10/28(金)22:54:06 ID:ltJ()
可児吉長 (-)


「笹の才蔵」「可児才蔵」などの名前が有名
敵の首を取り過ぎて邪魔なので、自分が取ったという証拠を残すために、
首の口に笹の葉を含ませて放置していた事で有名な人

主君を変えまくったが、承認欲求が薄かったのか、
いち武士として戦場に出る事にこだわり、高給取りになる事を嫌がった
そんな中で出合った福島正則とは同じ体育会系として波長が合ったのか、
死ぬまで忠実に仕え続けた

しかし仕えた主君が
斎藤龍興→柴田勝家→明智光秀→前田利家→織田信孝→羽柴秀次→佐々成政→福島正則とか
何か負の力でも持っとるんやろか……
71名無しさん@おーぷん :2016/10/28(金)22:56:03 ID:ltJ()
>>69
調べなかったけど多分藤堂高虎系だから裏切り武将とは違うかなって
72名無しさん@おーぷん :2016/10/28(金)22:56:54 ID:jbA
>>21
信頼できる部下が欲しかったんやろね
73名無しさん@おーぷん :2016/10/28(金)22:57:56 ID:ltJ()
おつやの方 (織田信長、●織田勝長)


女性。織田信長の叔母。織田一族の例に漏れず美人だったらしい
岩村城主の夫・遠山景任が子供を残す前に死んでしまったため岩村城主となり、
織田信長の息子の織田勝長(当時の名前は坊丸)を養子に迎える

武田信玄が織田・徳川への遠征を開始すると岩村城は武田側に攻撃され、
数ヶ月耐えたのち織田を裏切って武田につき、
さらに織田勝長を武田へ送ってしまい、両陣営の戦略を揺るがす事となる
しかし今度は長篠で武田に勝った織田側が岩村城を攻撃、
やはり数ヶ月耐えていたがついに限界を悟って降伏する

だが武田サイドに嫁入りしていた事もあってか先の裏切りが許されず、
信長に降伏条件を覆されて処刑された
74名無しさん@おーぷん :2016/10/28(金)22:59:24 ID:a3J
この大混戦の中に無能ニキたちのドラマもあったんやなあ
75名無しさん@おーぷん :2016/10/28(金)22:59:36 ID:ltJ()
>>72
狂気を感じるほどのあげたがりっぷりを見る感じ、
最初の失敗がトラウマになってその辺に影響してそうな予感
76名無しさん@おーぷん :2016/10/28(金)23:01:07 ID:ltJ()
日野富子 (山名宗全、足利義視、●足利義尚、●足利義稙)


女性。日野富子は夫で将軍の足利義政との間に男児を残せなかったので、
義政は弟の足利義視を次の将軍にしようとして細川勝元を後見人とした
しかしその後、富子が男児(後の足利義尚)を出産

富子は義視・勝元を倒して義尚を将軍にするために山名宗全に接近し、
細川勝元vs山名宗全で日本を二分する戦乱「応仁の乱」の一因に絡んだらしい
そして応仁の乱で富子は細川勝元についた。えっなにそれ わからない

ともあれ義視を追っ払って義尚を将軍に擁立する事に成功、
夫義政も内外から政治を妨害されまくった結果やる気をなくして引きこもってしまい、
ついに彼女は幕府の権力を掌握してしまった

しかし義尚も義政もさっさと他界した事で旧義視派との争いが再燃
細川政元らと共謀して新将軍の足利義稙をクーデターで追っ払うが、そこで没してしまい、
一人勝ちとなった政元が魔法使いにクラスチェンジする結末となった
77名無しさん@おーぷん :2016/10/28(金)23:01:45 ID:lCZ
>>58
信虎の足元を見ない無能外交に愛想尽かした家臣が
信虎を追放して晴信を擁立した、あたりが真相なんだよなあ

晴信(信玄)はこれがトラウマになって
義信を粛清したり勝頼を世子としては超冷遇したんだよな
78名無しさん@おーぷん :2016/10/28(金)23:02:04 ID:n2c
津軽さんは打線には入らないか
79名無しさん@おーぷん :2016/10/28(金)23:03:35 ID:lCZ
>>76
公家出身の割には権謀家&蓄財で頑張ったけど
北条政子にはなれなかったのはやっぱり公家出身で
身内に武力がなかったからやろなあ
80名無しさん@おーぷん :2016/10/28(金)23:05:21 ID:ltJ()
>>77
晴信の息子達の扱いにどことなくサイコな印象があったけど
親子間の下克上は闇が深いんやねぇ・・・
81名無しさん@おーぷん :2016/10/28(金)23:06:48 ID:ltJ()
その他、調べたけど打線入りさせなかった人リスト

(解説つき)

九戸政実 (南部信直)
玉之浦納 (宇久囲)
壬生綱房 (宇都宮忠綱、宇都宮興綱、芳賀高経、●宇都宮広綱)
三浦時高 (●足利持氏、三浦義同)
浦上宗景 (●浦上政宗、毛利元就、三村家親、浦上誠宗)
富田長繁 (朝倉義景、織田信長、前波吉継、魚住景固、朝倉景健、朝倉景胤)
木沢長政 (畠山義堯、●畠山在氏、●畠山稙長、畠山長経)
朝倉景鏡 (朝倉義景)
竹中重治 (斎藤龍興、斎藤飛騨守)
82名無しさん@おーぷん :2016/10/28(金)23:07:59 ID:ltJ()

(解説なし)

足利義昭 (●足利義栄、織田信長、織田信長、織田信長)
浦上村宗 (●赤松義村、●赤松晴政、赤松義村)
鍋島直茂 (島津家久、●龍造寺政家、豊臣秀頼、●龍造寺高房)
荒木村重 (●池田勝正、●池田知正、織田信長)
龍造寺家兼 (●龍造寺胤久、●少弐資元)
大友宗麟 (大友義鑑、大友塩市丸)
柴田紹安 (大友宗麟、島津義久)
津軽為信 (石川高信or石川政信、南部信直)
大関高増 (那須資胤、千本資俊、●那須資晴)
新発田重家 (上杉景勝)
本庄繁長 (小川長資、上杉謙信)
北条高広 (上杉謙信、上杉謙信、滝川一益、北条氏政)
別所長治 (織田信長)
石川数正 (徳川家康)
小山田信茂 (武田勝頼)
伊達晴宗 (●伊達稙宗)
織田信行 (織田信長、織田信長)
羽柴秀吉 (●織田秀信)
柴田勝家 (織田信長、●織田信行)
83名無しさん@おーぷん :2016/10/28(金)23:08:06 ID:tay
>>80
最上義光とかもそうやけど
父親から家督奪ったやつはそれがトラウマになってしまうんやろな
武田の親子対立は歴史が深いし尚更
84名無しさん@おーぷん :2016/10/28(金)23:09:00 ID:Drt
武田信虎は元服した直後に叔父殺害やからな
スタートの時点でもうおかしな事に
85名無しさん@おーぷん :2016/10/28(金)23:10:55 ID:ltJ()
九戸政実 (南部信直)


九戸政実の乱という直球な名称がつけられている反乱の首謀者

裏切りの内容は南部家の家督をめぐるイザコザからの反乱という一見よくありそうなものではある
しかし敵対した南部家新当主の南部信直がなんと時の天下人・豊臣秀吉を動かしてしまう
つまり東北の果ての田舎大名の家臣が日本中を敵に回してしまったのである

全部合わせて5千の九戸軍に対して討伐軍は6万というオーバーキルぶりだったが、
南部家精鋭の一角である彼ら九戸軍は討伐軍をかなり手こずらせたという
そしてこの反乱の鎮圧が豊臣秀吉の天下統一の最後の一戦となった
86名無しさん@おーぷん :2016/10/28(金)23:13:54 ID:ltJ()
玉之浦納 (宇久囲)


五島列島の人物。たまのうら おさむ と読む
五島列島はたいていの戦国ものに登場しないながら、この地も実は群雄割拠で争っていて、
その中で一応の五島列島支配者となった宇久家に分家筋の玉之浦納がクーデターを起こした
これが玉之浦納の反乱と呼ばれる事件である

宇久家は当主の宇久囲が自害して滅亡、当時3歳だった嫡男を一人の家臣が命がけで脱出させ、
亡命先で成長した嫡男が宇久盛定と名を改めて反攻に出て、玉之浦納を倒して反乱は収束する

五島列島はわずか1万5千石の田舎で、日本史にも鉄砲伝来あたりで絡んで来る程度ながら、
玉之浦納の反乱は五島列島の歴史上最大級の事件らしいのでピックアップしてみた
敗者側の歴史がほとんど残ってないせいかもしれんけど、
経緯を読んでると熱い展開が結構ある
87名無しさん@おーぷん :2016/10/28(金)23:15:25 ID:tay
はえー
戦国時代の五島列島とか王直の根拠地ってくらしか知らなかったンゴ
こんなところにも熱い歴史があるんやねえ
88名無しさん@おーぷん :2016/10/28(金)23:17:27 ID:ltJ()
壬生綱房 (宇都宮忠綱、宇都宮興綱、芳賀高経、●宇都宮広綱)


下野宇都宮氏当主の宇都宮忠綱に従っていたが、忠綱は反対派と争っていた
そんな折、忠綱が彼の居城に来た時に突然死んでしまい反対派が勝利する

綱房は反対派が推していた新当主・宇都宮興綱に従い、宿老の地位になった
しかし興綱は徐々に綱房たちの言いなりになるのを嫌がるようになってしまう
すると綱房は、興綱が宇都宮家の家督を奪った事を急に思い出した

忠綱を殺して興綱を当主に祭り上げたのは自分だった気がするが
家督を奪うなんて絶対に許せない

正義の心に火がついた彼が興綱を隠居させたところ興綱が急に自殺した
その次の当主になった宇都宮尚綱も、那須高資・芳賀高照と戦って戦死してしまったので、
壬生綱房は、那須高資・芳賀高照と一緒に旧宇都宮領を統治した

そんなわけで滅亡の淵に立たされた宇都宮家だったが、
宇都宮家に残った忠義の謀将・芳賀高定による宇都宮家の逆転劇が始まり、
那須高資、芳賀高照、壬生綱房の3人は、とても自然な急死を順番に遂げた
89名無しさん@おーぷん :2016/10/28(金)23:17:53 ID:RQ0
戦犯コーエーのせいで美談正義になってる者達がおるもよう
90名無しさん@おーぷん :2016/10/28(金)23:18:54 ID:S0E
荒木村重はここまであったか?

まあ裏切りより裏切った後、身内に降りかかった災難の方が有名やけど
91名無しさん@おーぷん :2016/10/28(金)23:19:27 ID:tay
>>88
いやあタイミングよく自然死するってのもあるもんやねえ(すっとぼけ)
92名無しさん@おーぷん :2016/10/28(金)23:24:22 ID:Zs3
裏切り?に分類されるかは怪しいけど、義理人情で一生仕える忠臣とは真逆な
戦国時代に数々の有名武将に使えては気に入らない事があると出奔を繰り返した
フリーランサーな武将、水野勝成。
93名無しさん@おーぷん :2016/10/28(金)23:24:30 ID:ltJ()
>>91
壬生綱房さんも芳賀高定さんも邪魔な人が突然死しまくってラッキーな人やで(棒読み)
94名無しさん@おーぷん :2016/10/28(金)23:26:54 ID:ltJ()
>>92
水野勝成は忘れてた・・・この人はネタ豊富そうやから惜しい事をした
95名無しさん@おーぷん :2016/10/28(金)23:27:27 ID:ltJ()
三浦時高 (●足利持氏、三浦義同)


当時鎌倉公方の当主だった足利持氏(足利成氏の父)は、
室町幕府と色々あって完全にキレてしまい、幕府を滅ぼす決意を固め、
手始めに持氏を制止する関東管領上杉氏を滅ぼそうとした
関東の戦乱はわりとこれのせいかもしれない

持氏は上杉を攻める際、留守にする鎌倉を三浦時高に任せたが、
時高は上杉に寝返って鎌倉を制圧してしまう
孤立無援となった持氏は降伏するが許されず、攻められて自害した

彼は養子の三浦義同を嫡男にしていたが、実子が生まれると義同を追放
そのあたりで彼の消息は途絶え、三浦家は追放した義同に乗っ取られる
96名無しさん@おーぷん :2016/10/28(金)23:29:45 ID:ltJ()
浦上宗景 (●浦上政宗、毛利元就、三村家親、浦上誠宗)


島村盛実と並ぶ宇喜多直家の裏切りの犠牲者の代表格

浦上家は兄の浦上政宗が当主だったが、攻めてきた尼子への対応を巡り対立
彼は毛利・三村と結んで政宗から離反し、尼子と戦うフリをして味方連合軍を壊滅させ、
尼子を追っ払いつつ弱った味方を従属させて勢力を伸ばして政宗派も蹴散らすと、
今度は政宗と和睦し、毛利・三村を裏切って追っ払った

そうしていたら政宗が暗殺されたので政宗の子を暗殺して、
政宗が乗っ取っていた赤松を乗っ取り、
敵味方の有力者をあらかた消し去って浦上家単独首位を築き上げた

ところが再起を図る旧赤松が織田信長を召喚
それに呼応して今まで仲良く暗殺をしてきた宇喜多直家が裏切り、
その全部に一度は勝つものの、二度目は直家の諜略に負けて追放されてしまう
その後に旧浦上、反宇喜多を使って暗躍し、
一斉に決起させて宇喜多直家に最後の戦いを挑むも敗北
領地が宇喜多直家に乗っ取られるのを眺めながら国を追われていった
97名無しさん@おーぷん :2016/10/28(金)23:31:44 ID:tay
室町~戦国の関東史料は北条氏が大正義な以外は
意外と残ってなくてよくわからんのよねえ
98名無しさん@おーぷん :2016/10/28(金)23:32:26 ID:ltJ()
富田長繁 (朝倉義景、織田信長、前波吉継、魚住景固、朝倉景健、朝倉景胤)


越前一向一揆はだいたいこいつのせい

いっぱいいる朝倉を裏切って織田についた武将たちの一人だったが、
その中でも厚遇された前波吉継への嫉妬をきっかけに一揆を扇動し、
朝倉裏切り組の敵対中立友好全部に片っ端から襲い掛かった

途中で再び信長に従おうとする雰囲気を出して一揆にすら見放されて周り全部を敵に回すが、
長繁が人外じみた強さだった(700で3万に勝ったりした)せいで誰も止められず、
終わりなき戦いの中で後ろにいた部下に撃たれて死んだ
99名無しさん@おーぷん :2016/10/28(金)23:34:17 ID:CaM
最上義光「ワイ裏切ったことないのに義理2にされる・・・」
100名無しさん@おーぷん :2016/10/28(金)23:35:31 ID:ltJ()
木沢長政 (畠山義堯、●畠山在氏、●畠山稙長、畠山長経)


細川晴元は、幕府を掌握した細川高国を倒すために「堺公方」という擬似幕府を作り、
最終的に高国を倒すことに成功した
ところが共通の敵を失った堺公方は晴元にとって邪魔になり、内輪揉めを始めてしまう

そんな折、木沢長政は自分の主家の畠山総州家を乗っ取ろうとしていたが、
そのために敵を作り、晴元派だった事もあって反晴元派に攻められて窮地に立たされてしまう

そこで彼含む晴元派は一向一揆を扇動。反晴元派にけしかけて堺公方もろとも潰してしまった
しかし一向一揆が増長して多方面にヒャッハーし始めたので今度は法華一揆を扇動して潰し、
その法華一揆が増長したのでさらに比叡山延暦寺を扇動して潰すというすさまじい荒技で、
晴元たちは京都および畿内をあらかた世紀末にして政敵たちを葬り去った

しかし長政はその後も主家乗っ取りの画策で敵を作りまくった結果、
乗っ取り完了まであと数歩という所で築き上げたものをだいたい失い、
味方だと思ってた人々にも見放された状況下で敵に囲まれて討ち取られた
ちなみに彼が築いて居城とした信貴山城は次に松永久秀が居城とする。何の因果だろうか……
101名無しさん@おーぷん :2016/10/28(金)23:37:40 ID:tay
木沢という足掛け百年近く続いた畠山の内紛を終わらせたすごいヤツ
102名無しさん@おーぷん :2016/10/28(金)23:37:49 ID:0OX
坊主が洛中で暴れまくるマジ世紀末
103名無しさん@おーぷん :2016/10/28(金)23:39:12 ID:ltJ()
朝倉景鏡 (朝倉義景)


朝倉一族の筆頭格の一人

織田打線大爆発、朝倉家大炎上、コールドもなく点差が3ケタに突入しようとしている中、
朝倉の選手が朝倉義景監督を見捨ててほとんど織田ベンチに入ってしまい、
義景監督がマウンドに行って号令を掛けても選手が誰も来ないという、
そんな状況になっても彼はなお義景に、最後の最後まで味方した

その最後の最後、彼はすがり付くように頼ってきた義景の首を織田に売った
104名無しさん@おーぷん :2016/10/28(金)23:42:08 ID:ltJ()
竹中重治 (斎藤龍興、斎藤飛騨守)


「竹中半兵衛」という名前で知られている人物で、
保身や下克上といった結果を求めなかった珍しい裏切り武将
(ひょっとしたら当初はそのつもりだったのかもしれないが)

斎藤龍興に仕えたが、龍興はわずか14才で斎藤家を運営する能力もなく、
さらに斎藤飛騨守などの評判の悪い家臣を重用するなどして斎藤家を傾け始めた

滅亡へと向かってゆく斉藤家を見た竹中重治は安藤守就らと組んで謀反
龍興の居城の稲葉山城をたった十数人で落とし、飛騨守らを殺害して半年ほど立てこもった
しかし、龍興と戦っていた織田信長からの良い条件の誘いを蹴り、
なぜか龍興に稲葉山城を返却して斎藤家を去ってしまった

鮮やかで謎めいた裏切り劇を繰り広げ、そして颯爽と去っていった彼について、
後の人々はこう語るのであった
「もしかしたらあの男は、龍興の目を覚ますために謀反をしたのかもしれない」と――
(BGM:「夕陽のガンマン」のテーマ)

なお斎藤家は龍興の代で滅んだ
106名無しさん@おーぷん :2016/10/28(金)23:44:07 ID:Zs3
>>104
諫言はするも、後見役にはならず隠棲を選んだ有能
107名無しさん@おーぷん :2016/10/28(金)23:44:38 ID:tay
>>104
通説ではこいつがサルに転んだのが東美濃が織田に転ぶのに繋がり
斎藤家滅亡に繋がったんだよな
まあ実際は斎藤滅亡後は浅井に仕えたりしてたらしいが
108名無しさん@おーぷん :2016/10/28(金)23:45:47 ID:5ku
後藤さん
109名無しさん@おーぷん :2016/10/28(金)23:46:48 ID:ltJ()
>>105
両兵衛の片方が竹中重治、もう片方が黒田孝高
どっちも軍師って呼ばれるっぽいけど軍師官兵衛なら黒田孝高
110名無しさん@おーぷん :2016/10/28(金)23:47:04 ID:0OX
竹中氏って結構顔広いイメージ
どこに転ぶか見極めてたんかな?
111名無しさん@おーぷん :2016/10/28(金)23:48:19 ID:ltJ()
おしまい

説明を簡単にするために裏切り以外の部分はだいたい省いた(特に分からない部分を)ので、
初めて知ったという人は他に話すときは一回自分で調べるのを推奨
112名無しさん@おーぷん :2016/10/28(金)23:50:30 ID:Zs3
>>110
本来三顧の礼といえば当然孔明だけど
国内の代表例でいえば信長の誘いを蹴った竹中半兵衛を
秀吉が用いる際に行ったって話もあるし。
名前は十分売れていたんじゃない?
113名無しさん@おーぷん :2016/10/28(金)23:53:25 ID:Drt
>>98
一揆勢撃破後に逃げずに特に敵対行動を起こしてない
安居景健と朝倉景胤に突っ込んだのはなんやったんや
114名無しさん@おーぷん :2016/10/28(金)23:59:40 ID:ltJ()
>>113
何がしたかったのかわからんけど調べると傍観してたとか一揆についてたとかいった理由が出てくるな
あの時の長繁はバーサクと混乱が同時に掛かってたとしか
115名無しさん@おーぷん :2016/10/29(土)22:07:39 ID:NWp
宇喜多直家の解説を忘れとるやんけ・・・
もう手遅れやけど書き込めたらこっそり投下する
116名無しさん@おーぷん :2016/10/29(土)22:07:58 ID:NWp
3右 宇喜多直家 (中山信正、島村盛実、松田元輝、松田元賢、浦上宗景、●浦上宗景、浦上久松丸、浦上宗辰、後藤勝基、毛利輝元)


浦上家に従っていた祖父が浦上家臣の島村盛実に殺されてわずか6歳で没落、
絶食と略奪で飢えをしのぐドン底の青春を送る
おそらくその経験と島村盛実や浦上家への復讐心が彼を暗殺魔に育て、
浦上家の要人を次々に暗殺、攻めてきた敵も次々に暗殺してのし上がっていった

そしてついに一応主君である浦上宗景の排除を画策、
一度は正面から戦おうとして敗北するが二度目は謀略攻勢で見事追放に成功、
旧浦上領を手に入れてしまった

ターゲットと親しくなって、時に身内になって警戒を解いてから暗殺を行う事が多いので
被害者リストにはおそらく漏れもあるし、謀殺した敵や部下も含めれば成績は上の数倍いきそう


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