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彡(°)(°)日本まで来たからにはお客さんが喜ぶことしたいなぁ…

1名無しさん@おーぷん:2018/06/04(月)20:57:57 ID:Kt8()
彡(^)(^)せやっ!背中に手まわしてから投げたろ!!


1969年、中日小川健太郎は巨人王貞治に対し、ボールを持った腕を大きく後ろに振り、その反動で大きく振り戻してボールを投げる「背面投げ」を行った。これはそれより14年ほど前の話。
2名無しさん@おーぷん :2018/06/04(月)20:59:12 ID:Kt8()
1955年、ニューヨーク・ヤンキースが来日した年、その来日メンバーの中にトミー・バーンという投手がいた。
トミーは36歳と高齢であったがこの年は16勝5敗と長年の不振を振り払うかのように活躍して見事返り咲いた選手だった。


日米野球では4試合に登板して全て勝ち投手となった。その4試合目の登板の時に「魔球」を投げたという。
この試合が終われば後の試合で登板予定はない、
すでに勝ち投手の権利を手に入れた、
打ち込まれるような相手でないという状況で、
何かお客さんを楽しめるものを見せられないだろうか、日本まで来たからには何か思い出に残ることがしたいとトミーは考えていた。
3名無しさん@おーぷん :2018/06/04(月)21:06:39 ID:Kt8()
そして考えた結果「背面投げ」にたどり着いたという。トミーはこの投法を「キモノボール」と名付けた。
このボールは腕を下ろしてバックスイングに入るざま、背中に回した手からボールを放して山なりのスローボールを投げるというものであった。このボールを見た日本側の選手観客はどよめきを隠せなかったという。


トミーはこのキモノボールを大いに気に入り、帰国後には絵まで描いて説明をしたりした。さらには、

「俺はこれをシーズンでも投げるつもりだ」

と公言し、実際に春キャンプでそれを披露した。そして、3月25日ドジャース戦でついにキモノボールが披露され、球場はまたもどよめき包まれたという。


しかし、あまりに奇想天外すぎて、ヤンキースの名監督でこういったパフォーマンスにも容認することで知られているケーシー・ステンゲル監督を始め、多くの人物がキモノボールの使用を反対したため、シーズンに入ってから実際に使われることはなかった。
このことが影響したのかトミーはだんだんと成績を残せないようになっていき、1957年に引退する。


「公式戦」で「キモノボール」が初めて確認されたのが冒頭で話した1969年。トミーが始めてキモノボールを投げた国であった。

トミー・バーン
ttps://i.imgur.com/a6nEu69.jpg



トミーが描いた絵



4名無しさん@おーぷん :2018/06/04(月)21:07:03 ID:Kt8()
ミス

トミー・バーン



5名無しさん@おーぷん :2018/06/04(月)22:02:17 ID:9Mu
絵上手くて草
6名無しさん@おーぷん :2018/06/05(火)07:58:29 ID:aMy
ビリー兄貴みたいな顔してんな
あと絵うまくて草

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